~微生物を用いてグルコースから芳香族化合物を高効率で生産することに成功~
花王株式会社(社長・長谷部佳宏)生物科学研究所と加工・プロセス開発研究所は、芳香族化合物*1 である没食子酸(ぼっしょくしさん)及び4-アミノ-3-ヒドロキシ安息香酸を、トウモロコシやサトウキビ由来のグルコースから微生物を用いて製造する発酵生産技術を開発しました。この技術は、バイオマスから製品のもととなる化合物(化学原料)の製造を可能にするもので、将来にわたって地球にやさしい製品を安定的に供給することに貢献すると考えられます。
今回の成果は、日本農芸化学会2023年度大会(2023年3月14~17日・広島県)にて発表しました。
現在、化学原料の多くは、石油からの化学合成や植物からの抽出によって製造されていますが、新しい製造プロセスとして注目されているのが発酵生産です。微生物が体内で物質を作り出す性質を利用して特定の成分を作らせる発酵生産は、従来の製造プロセスよりもCO2排出量が一般的に少ないことから、環境負荷の軽減が可能な製造方法と考えられています。しかし、化学原料のひとつである芳香族化合物は、産業的な利用価値が高いにも関わらず、微生物内での代謝経路のステップ数が多く複雑なため、発酵生産での商業的な製造の例は限られています。
このたび花王は、微生物による洗剤用酵素生産研究の知見を活かし、芳香族化合物である没食子酸と、4-アミノ-3-ヒドロキシ安息香酸(4,3-AHBA)をコリネ型細菌*2 を用いて発酵生産する技術を検討しました。
没食子酸とは、ウルシ科植物にできる虫こぶ(五倍子)から抽出される植物ポリフェノールのひとつで、パソコンやスマートフォンといった電子機器の半導体や、ボイラー用防サビ剤の原料などとして、幅広く利用されています。工業的に重要な原料であるにも関わらず、樹木由来であるため収量が天候に左右されやすく、生産地も限られています。
花王はグルコースから没食子酸を発酵生産する技術に注目し、実用化を見据えた生産技術の開発をめざしました。このたび、コリネ型細菌に複数の没食子酸生産経路を導入し、かつ副産物生産の代謝経路を抑制することに成功。コリネ型細菌を用いて、グルコースから没食子酸を高効率に発酵生産する技術を確立しました(図1)。開発したコリネ型細菌は、グルコースから没食子酸への変換能力が元のコリネ型細菌よりも1.8倍程度増加することから、製造コストの低減が可能です。この技術を応用すれば、安定的かつ安価に没食子酸を供給できる新しいサプライチェーンの構築が可能であると考えられ、今後は実用化に向けてのさらなる技術開発を進めていく予定です。
脱炭素社会実現に向け、再生可能な植物性材料を用いたバイオマス由来プラスチックの普及が進んでいる一方で、耐熱性を発現しうるバイオマス由来の原料は限られています。そこで花王は、バイオマス由来プラスチックの機能性向上に向け、プラスチック素材の中でも耐熱性と強度に優れるポリベンズオキサゾールに着目し、その原料である4,3-AHBAをグルコースから生産することを試みました。
これまでグルコースから4,3-AHBAを生産する方法は確立されていませんでしたが、類似成分がコリネ型細菌の中で生合成されていることを利用し、独自に開発した酵素をコリネ型細菌に導入することで生合成経路の構築に成功(図2)。グルコースから4,3-AHBAを生産する新しいプロセスを確立しました。本技術は、バイオマス由来プラスチックの製造に利用できる原料の選択肢を拡大するもので、バイオマス由来プラスチックの普及に資すると考えられます。今後はバイオマス由来プラスチック素材の新たな原料として、利用検討を進めていく予定です。
本研究の一部は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発」プロジェクト*3 による支援を受けて実施しました。
今回、芳香族化合物の発酵生産技術開発において、生産効率の改善や新たな生合成経路の構築に成功しました。今後は、没食子酸や4,3-AHBA以外の芳香族化合物に関しても研究開発を行っていく予定です。
花王は、「豊かな共生世界の実現」をパーパスに、2019年4月にESG戦略「Kirei Lifestyle Plan」(キレイライフスタイルプラン)を策定し、2021年からは中期経営計画「K25」のもと既存事業の再生をめざすReborn Kaoと新事業の創成をめざすAnother Kaoの両輪での改革を進めています。今回の技術を応用し、Another Kao領域の新事業として社会に資する事業展開の挑戦を行ってまいります。