西浦博先生

新型コロナウイルス感染症の伝播に
関する数理モデル分析

京都大学大学院 医学研究科環境衛生学分野教授
西浦 博先生

新型コロナウイルスの感染拡大に対して、数理モデルを用いた対策を立案し、実際に感染者数の極端な増加を抑えるための政策アドバイスを行った研究活動の経緯と共に、今後、どのような事に留意すれば良いかについてお話し頂いた内容をピックアップしてご紹介します。

科学的妥当性を担保した方法に基づく真の感染者数把握と、感染制御指標としての「実効再生産数」

昨年末に武漢から始まった新型コロナウイルス感染症は、1月中旬に、日本やタイで国外の感染者第一号が見られました。この頃から、仮に武漢からランダムに感染者が旅出つとすると、中国国外である日本やタイで1月16日までに2人が見られているのに、武漢で4-50人しか感染者がいないはずがないなということに気づきました。それは、私たちの研究室において新型コロナウイルス感染症の研究活動のギアをオンにした時でした。1月後半までに中国国外で13人が感染者として診断されているのならば、武漢では4000人はいるのではないかという推定を行い、その算出根拠とともに、明確な科学的妥当性をもって提示することで、世界に研究フィードバックを行ってきたのです。
また、私たちは、どのように流行が広がるのかモニタリングしてきました。その指標のひとつして「実効再生産数」があります。皆さんも、新聞などで見ていただく機会が増えたと思いますが、各時刻で見た時に1人の感染者あたりが生み出す2次感染者数の平均値のことを指します。これが1を下回ると感染者数が減衰しており、おそらく流行が制御下にあると言えます。2月28日、北海道で独自の緊急事態宣言が発令されてから、北海道はもちろんのこと、ほかの地域でも一旦「実効再生産数」が低下しました。また、3月半ばぐらいから輸入感染者が増えましたので、4月8日から緊急事態宣言が発令されました。宣言後、皆さんの接触行動が自粛されて抑えられていることがデータで見られ、その期間中は実効再生産数が1未満である状態が維持されました。流行の上がり下がりのパターンをしっかりと捉えているのが、この「実効再生産数」です。

「3密」の起源と、「接触8割減」による感染抑制

2月中旬ごろから、私たちの研究グループでは、厚生労働省においてダイヤモンドプリンセス号の船内検疫のデータ分析に関わりました。その後、クラスター情報を分析するにつれ、接触が起こりやすい閉鎖空間で濃厚な接触をしている人たちには、共通項があることを見出していました。飲食店やフィットネスジムなど、換気の悪い屋内の密閉した空間を代表として、2次感染が起こる共通項として、「密な空間」で伝播が集中していたのです。加えて、近い距離で発声している時は飛沫が飛びやすいですし、大声を出したり激しい呼吸をしていたりするとエアロゾル化しやすいのです。そういったデータ分析経験を蓄積することを通じて、のちの「3密を避ける」という国からの予防のスローガンにも繋がりました。
更に、ひとたび人口全体で感染者数が増えたときには、感染者数の更なる増加を抑えるために、接触8割減を目標としつつ、接触率を十分に抑えることで流行を制御しようと研究を行いました。指数関数的に感染者が増えているところ、感染者数を短期間で減衰傾向に移行させるために、社会全体での接触削減が必要だと政治家が判断して実施したものです。しかし、さすがに2ヶ月以上続くというのは無理だと言うことで、短期間でクラスター対策を再開できるレベルまで感染者数を下げると言うことを考えるのだったら、「接触8割減」を達成すると良い、と目標値を研究者として提案するに至りました。そのモニタリングにおいては、携帯電話のGPS情報を利用してヒトの滞留状況を把握しながら、人口中で直接には目で見えない接触率を推定しました。結局のところ人口全体で80%までは落ちなかったのですが、上手くいったのは夜間の接客飲食業や、居酒屋などの飲食業、加えて院内感染のようなハイリスクの場での接触がより積極的に削減され、結果として人口全体で効果的に機能したのだと思います。結論として、接触削減という政策が感染者数を明確に減らすことに繋がったという科学的エビデンスを得るに至りました。接触を減らせば感染を減らせることは、世界中が中国のロックダウンから学んで実施した火急的対応でした。緊急事態宣言解除後には再び接触が生まれると流行が再燃することもわかりました。そのため、社会経済活動を維持するために、ハイリスクの屋内における接触を避けるための「3密」というコンセプトが皆さんの生活の中に入って来ています。

今後の方向性「ハンマー&ダンス」とは?

今後、特異的な予防策であるワクチンが出たり、特異的な治療が十分に確立するところまで、社会経済活動への影響を最小限に抑えつつ、非特異的な流行対策を実施しながら走り抜けていかねばなりません。そこに至るまでの流行対策の概念を示したのが「ハンマー&ダンス」です。何もしなければ感染者数は指数関数的に増えるのですが、接触が追跡できないくらい感染者数が増えてしまった時には、ハンマーを振りかざす(思い切った流行対策を講じる)ことによって接触を大きく削減し、一度感染者数を十分に減らします。その後、感染者数が一旦減少すると、ダンスのフェーズです。ダンスというのは感染者数が少ない範囲で新しい生活様式を実践することで、その報告数が上下するものですね。医療機関が感染者によって飽和した状態にならず、クラスター対策を実施する保健所のキャパシティも維持することができる感染者数にとどめます。そうやって社会における接触の場で流行対策を緩めたりきつくしたりしながら、小規模の感染者数で維持して、時間稼ぎをするのです。それを通じて、特異的な予防が始まるところまで待つ。今の見立てでは、最初にワクチンが日本で広く用いられるのは冬の終わりぐらいだと思います。それまで走り切るプランが「ハンマー&ダンス」であるのですが、様々な国の研究者が考えをめぐらせつつ流行対策が実施されることに繋がりました。

個人保護具を利用した対策は「やり過ぎ」にならずに継続する

流行が長丁場になる中、個人保護具を利用した感染予防対策は、やり過ぎにならずに継続的に適切に行うことが大事です。社会の中で意見の不一致が原因で分断が起こらぬよう、持続可能で無理のないオプションを考えると良いと思います。例えば、マスクの着用に関して言えば、誰もいない屋外を歩いているときであれば外してもいいと思います。一方、密な部屋での会議とか、バスや電車などの人混みの中にいるのだったら着用するとか、理にかなった着用のあり方を目指していくと良いと思うのです。手洗いに関して言えば、「タッチ&リセット」というコンセプトがあります。新しい物件に触ったら、その都度で手洗いをして汚染がない状態にリセットする。しばらくどこも触らなければ手は洗わなくてもいいのですが、また新しい物件をちょっとでも触ったら、手洗いする、ということです。医療従事者にはこれをご存知の方も多いのですが、一般の人には広くは知られていないと思います。それに対応するような商品を考えて行くところにはビジネスチャンスもあるかも知れません。また、誰か1人でも感染者が出たら何をしなければいけないかというと、濃厚接触にならないようにすると良いと思います。「何を濃厚接触の定義とするか?」ですが、明文化された条件を考えると、マスクを着用して、間隔を2メートルあけて、会話の時間は5分以内ぐらいにとどめる、などに留意すれば良いと思います。ひとりひとりが濃厚な接触を避け、長く同じ場所に居すぎないというような条件を満たせば良いのです。家族や恋人関係などを除いて、感染者数が増えている中で、仕事関係などでは、これらの条件が満たされていたら濃厚接触者にはならずに済むということを意識しながら生活することが有用だと思います。

  • * 本コラムは、2020年6月時点のものです。
Page Top