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あの人と“いっしょにeco(エコ)”

Interview Vol.6 C.W.ニコルさん/作家・環境保護活動家 大事なのは、人と自然のバランス 健康な森は、人を癒し、健康にしてくれる

胸躍る冒険譚の作家として知られるC.W.ニコルさんは、日本の森をこよなく愛するナチュラリストでもあります。これまでに北極を何度も訪れ、捕鯨船に乗り、カナダやエチオピアで環境保護にあたる中で、多くの自然や動植物たちと向き合ってきました。1995年には日本国籍を取得、現在は、長野県黒姫高原に「C.W.ニコル・アファンの森財団」を設立し、その理事長として、自らも黒姫の森と共に生きる日々を送っています。ニコルさんは今年72歳。22歳で初来日した時から、半世紀も日本の自然の変化を見続けてきました。そんなニコルさんに、目下最前線で取り組む震災復興を支援する活動や、アファンの森への想い、今後の夢まで、雪深いアファンセンターの温かな暖炉の前でお話を伺いました。

動植物が棲む健康な森は、人の心と五感を癒してくれる

私が日本に来た元々の目的は、武道を学ぶためでした。その時、思いがけず豊かな自然と出会い、その自然と共生する日本人の生き方に強い感銘を受けたのです。以来、世界中を探検しながらも、私の心はいつも日本にありました。そして、日本に定住することを決め、長野県の黒姫に縁あって居を定めました。黒姫に引っ越してきたのは1980年のことです。
私は黒姫での生活に夢中になりました。ところが、生活が落ち着いてくると恐ろしい現実が見えてきました。美しい森がどんどん破壊されていたのです。ならば私が森を育てようと、1986年から、飯綱山の麓に見捨てられていた“幽霊林”を少しずつ購入し始めました。これが、「アファンの森」の始まりです。以来森の再生に励みました。とはいえ、一度荒れ果てた森を動植物が棲める森へとよみがえらせるには、丹念な手入れと長い歳月が必要です。このあたりの森も最初は本当にひどくてね、スキー場やゴルフ場の乱開発、さらには、産業廃棄物や医療廃棄物の不法投棄など、思い出すのも辛いくらいひどいありさまでしたよ。

私が「アファンの森」を始めるきっかけとなったのは、私の故郷ウェールズで、炭鉱町として栄えたために、ボタ山となってしまった森が、人々の努力によって美しい森に再生した、という心強い実例を見たことです。その森は、「アファン・アルゴード森林公園」と名づけられていました。ちなみにアファンとはウェールズ語で“風の通るところ”という意味です。そして、緑豊かなウェールズの森では、森の持つ、心身を癒す力を借りた教育や心に傷を負った人々をケアする活動が盛んに行なわれています。森が人に与えてくれる癒しは科学的にも証明されているのです。

これまでアファンの森でも、心に傷を負った子どもたちや、からだに障害を持つ子どもたちの心を癒すため、「心の森プロジェクト」に取り組んできました。森は人の心を癒してくれるから、森を歩くだけでも元気になれるんです。昨年の東日本大震災のあと、私は被害を受けた地域の人たちに向けて「アファンの森へお越しください」と呼びかけました。すると、宮城県東松島市から返事があり、2011年の夏、被害を受けた子どもとそのご家族を森に招きました。最初は子どもたちのためにアクティビティを用意していたのですが、そのうち子どもたちが考え出した遊びをしたりして過ごしました。つるで大きなブランコをつくったり、川に飛び込んだり、学校ではやってはいけないことを全部やったという感じ(笑)。夜は20~30人でテーブルを囲んでのディナーです。蝋燭を灯し、私が料理をして、シェフ・ニコルのご馳走パーティは大成功でした。すると、はじめは険しかった顔が、だんだんやわらかくなり、そのうち皆さん明るい笑顔を見せてくれるようになった。たった3日の滞在でこんなにも変わるのかと、感じました。
そして、クリスマスには私が東松島に行きました。サンタクロースになって馬車に乗り、1000人の子どもたちにプレゼントを渡す。私にとってもすばらしい体験になりました。こうした活動は、一時ではなく継続させてこそ意味がある。そのためには、森をオーバーユース(人数超過や活動拡大)で疲れさせないよう注意して、森と人、どちらの健康も守りながら長く続けていきたいですね。

愛する日本のためにできることを

東松島の皆さんを森に招いた活動では、一緒に来た役所の若いスタッフたちも森に興味を持ってくれました。彼らは言いました、「これは我々の未来だ」と。東松島は海岸に面していますが、その地形の3分の1は丘が占めています。丘は津波や塩害から逃れましたが、手入れをしていない真っ暗な森のままです。町を再生する時、津波の心配がある海岸ではなく、その丘を、人が住み、動植物がいて、子どもたちが喜んで遊んで、癒される、アファンの森みたいな場所にしたいと言うのです。私はさっそくお手伝いするための準備にかかり、現地を視察し、丘に学校を移してはどうかと提案しました。自然の地形をなるべく活かし、教室はすてきな木造にして、教室同士は森の小道で行き来するようにつなぐ。生徒の集合場所は天気がよければ体育館ではなくて、外でいいよね、…とか(笑)。これが実現したら日本で初めての森の中の学校になるはずですよ。

また、津波により大きな被害を受けた宮城県気仙沼市の畠山重篤さん(NPO法人「森は海の恋人」代表)たちと共に、森と海をつなぐ日本の再出発のプロジェクトにも取り組もうとしています。昨年の5月に開催したシンポジウムをきっかけとし、“森を創る・森を使う・森を食べる”というテーマのもと、日本が生まれ変わるための最大限の努力をしていきたいと考えています。

こうした震災からの復興に取り組む一方、アファンの森を拠点に、これからやりたいこともまだまだあります。たとえば、「ホースロギング」をよみがえらせる。ホースロギングとは、森で伐採した木を馬で運び出すことで、機械で運ぶよりも柔軟な対応ができるし、森の土を傷つけることも少ないと言われています。昔は日本でも盛んでしたが、今は手間がかかるため、わずかしか残っていません。他にも、森で伐採した木を国産木材として出荷したり、また、森の調査研究、国際交流や人材育成の場としてもアファンの森を活かしていきたいと思っています。そうやって活動し続けることが財団としての役目ですし、さまざまな活動の拠点になることは森そのものが生き続けることでもあるのです。これで十分と思えば、人も森も死んでしまう。失敗しても何でもとにかくやり続けることなのです。
ただ、さっきも言ったように、オーバーユースはかえって森を傷つけます。アファンの森を参考にしようと来る人々に、「なんだ、ニコルの森には動物も鳥もいないじゃないか」なんて言われたら台無しです! まずこの森を健康に育むことが、日本中に緑豊かな森を増やしていくはじめの一歩になるのではないかと思います。

日本にはね、まだ見たことのない自然が無数にあるんですよ。人間が見たことのないだけで、今まで見ようとしてこなかった、あるいは、自然のほうが人間に見せていなかった自然、ということです。アファンの森で、実はクモやアブラムシの新種も見つかっているのです。 ワクワクするでしょう! この日本には、まだまだ知らない自然がたくさんありますよ。

自然やエネルギー問題は、都会の人ほど考えています

私が生まれた家には電気もガスもなく、私は8歳から裸馬に乗り、12歳で散弾銃を持ってウサギを狩りに行っていました。父は戦争で帰ってこなかったため、母と一緒の時間が多く、私は母を喜ばせようと、母の好きな野花を探してどんどん行動範囲が広がりました。生まれながらのフィールドワーカーだったんですね。
だから私は、自分の都合で環境を変えるより、自然に合わせていくほうが好きなんです。たとえば、北極の冬はとても厳しく油断できませんが、犬ぞりがあればどこまでも旅できる魅力があります。一方、夏は過ごしやすく山菜や魚の食物も豊富ですが、ブヨがひどくてたまりません。それでも私は正式な探検だけでも15回北極に行き、イヌイットとも暮らしました。大事なのは、今ある環境を見つめ、バランスをとって適応していこうという気持ちや、生活の工夫ではないでしょうか。人間も自然の一部です。自然に対して人間のエゴを通すのではなく、上手に自然とバランスをとったなら、私たちは、顔についている目も、心の目も、きっともっとよくなるでしょう。

アファンの森財団の理事長としての夢は先ほど言いましたが、小さく単純な男である私個人の夢は、無人島に住むことです(笑)。電気もガスもなく、薪にする流木がちょっとあるだけ。たまに銃を担いで小さなウサギを狩ったり、魚を釣ったり。夜はランプの下で、コンピュータではなく、たくさんの本に囲まれる暮らし。そこには、猫と犬と小さな馬と私がいるだけ。人恋しくなったらゴムボートを漕いで向こう岸のパブに行く。どう?すてきでしょう?

とはいえ、昨夜急に2時間ほど停電したら、いつもあるものが使えなくて、さまざまな自然の中で暮らした経験のある私でも一瞬驚きました。私自身はたくさん探検してきたから、あまり困らないけれど、「当たり前だと思っていたエネルギーが当たり前じゃなかった」ことを、私たちは東日本大震災で知りました。自然の尊さや、エネルギー問題については、私のような森暮らしの人間より、むしろ、都会に住む人のほうが考えているかもしれません。生活に直結しているから、真剣に考えざるを得ない。辛い経験だったからこそ、みんなできちんと向き合っていきたいですね。

C.W.ニコルさんのいっしょにeco 「The meaning of“eco”is Life」エコとは、命、暮らし、生。

森に死はありません。ひとつの死は別の生の始まりだからです。カゲロウは自由でいいけど命は一日。でも、その一日は私の人生に負けない長さと意味がある。木も同じ。私と同い年の70歳の木は300年生きるかもしれないから、それを見れば私は全然さびしくないのです。

プロフィール

C.W.ニコルさん/作家、環境保護活動家、探検家
英国南ウェールズ生まれ。17歳で初めて北極地域の野生生物調査に携わって以降、カナダの水産調査局に勤めながら、十数回にわたって北極地域を探検。日本の武士道にあこがれ空手を習うために22歳で初来日。20代後半にはエチオピア国立公園の公園長も務める。1980年代に日本の長野に居を定め、執筆活動を続けるとともに1986年からアファンの森の再生に着手。より公益的な活動として全国展開するため、2002年「C.W.ニコル・アファンの森財団」を設立し、理事長に就任する。1995年7月日本国籍取得。講演などを通して日本の環境問題に積極的に取り組み、被災地復興支援活動にも尽力。2005年英国エリザベス女王陛下より名誉大英勲章を賜る。

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