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あの人と“いっしょにeco(エコ)”

Interview Vol.4 野口健さん/アルピニスト 登る山から、清掃する山へ富士山から日本中をきれいに変えていこう

7大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立した登山家、野口健さん。人なつこい笑顔とユーモアあふれる語り口で愛される彼の、もう一つのよく知られた活動が、エベレストや富士山の清掃活動です。今回のインタビューは、この富士山クリーンツアーに参加して野口さんと一緒に汗を流した後、富士山を背景にした自然の中でお話を伺いました。全国の小中学生を主な対象に開校する「野口健環境学校」や、野口流・環境教育のお話に加え、娘さんとのエコにまつわるエピソードまで、話題はさまざまです。野口さんが、自らのアクションで切り開いてきた環境活動への思いを語ってくれました。

体を動かしてアクションしたことが、ごみ問題に気づくきっかけに

今日は清掃活動、お疲れ様でした!今回の清掃ツアーは初参加の方も多かったですね。最年少は3歳の女の子、遠くは神戸から来られたご夫婦もいらっしゃいました。この富士山の清掃活動を始めたのは2000年になりますが、1年目の参加者は年間100人程度だったんです。でも、活動を続けて11年目の昨年は年間約6,800人の方が全国から来てくれるまでになりました。参加者が多いとそれだけ危険も増えますから、スタッフの目が行き届くよう1回あたりの参加人数を制限してこの数です。だから、希望者はもっともっと多いですね。今日清掃に入った樹海は、パッと見にはごみがなかったけど、掘れば掘るほど古くてわけのわからないごみがいっぱい出てきたでしょう? あれでも過去に20回くらい掃除した場所なんですよ。最初はゲームセンターのゲーム機なんかが斜面を埋め尽くすほど不法投棄されていたところから、皆さんの協力でここまでこぎつけたんです。

僕はいまでこそ、登山家・冒険家の肩書以外に環境問題に携わる人間として見られていますが、もとから環境に関心があったわけじゃないんです。昔は相当なやんちゃ者で高校を退学になったほど。でも、そのふらふらとしていた時期に植村直己さんの本に出会い、そこで、僕の人生は大きく変わりました。登山を始め、世界最高峰のエベレストにたどり着き、そのエベレストで偶然にもごみ問題に直面したんです。きっかけは、「お前ら日本人は、経済は一流かもしれないが、モラルは三流だ。このエベレストをマウント・フジにするつもりか」という欧米隊の一言でした。見れば日本隊が捨てたと思われるごみが文字どおり山積みになっている。たまらず、反発精神でごみを拾い始めました。自分の国を否定されて単純に悔しかったんです。「これらのごみを出したのは確かに過去の日本人だ、それなら僕らいまの日本人がきれいにすれば、最終的にエベレストをピカピカにしたのは日本人ってことになるじゃないか!」「日本隊が出したごみをぜんぶ拾おう、どうせならエベレストのごみを残らず拾って、きれいにしてしまおう!」そう決心したのが、1997年の出来事でした。でも、知り尽くしていたはずの山も、山頂をめざして登る時と、足元を見ながら清掃する時では目線が変わり、見えてくるものがぜんぜん違っていました。さらに、ごみを拾い集め、担いで山を降りるという具体的なアクションをとおして、初めて気づくこともありました。

エベレストの清掃は1、2カ月もかかる孤独な作業。高山病になるし、雪崩も怖い。今年の春に遭遇した雪崩は本当に危なくて、これで最後だと覚悟しました。でも、人間ってすごいんですよ。もう最後だと悟ったら何が何でも記録を残さねばと、雪崩に巻き込まれながら指が勝手にカメラのシャッターを切り続けていたんです。ラスト1枚が自分で自分の顔を映したもので、ベースキャンプに戻ってデータを見ると我ながら驚愕。ものすごい形相をしているんです。本当にピンチだったんだなぁって、本人というのは後から淡々と思うものですね。

環境活動とは、自然相手ではなく、人間社会を相手に取り組むもの

僕は親父に「社会にはA面とB面がある。A面は何をせずとも目の前に見えるが、B面は自ら探さないと見られない。たいていB面にこそ本質が隠されている」と教えられていました。「ああ、このことか」と思いました。遠くから眺めて美しい富士山をA面とすれば、ごみであふれている樹海はB面。富士山の清掃活動にあたり、案内されて初めて樹海の惨状を知ったんです。このように、現場へ行かなければわからないことがまだまだあるし、話を聞いただけでは人ごとのままになってしまう。見ることは知ること、そして知ることは同時に背負うことになる。だから僕は常に現場主義なんです。

そして、環境活動を進めるうえでさらに重要なのは、地元の理解や行政との連携です。ごみを集めるのも大変ですが、集めたあとの処理がまた大変。樹海のごみは多い年には85トンにもなります。1トン当たり8~10万円の処理費用がかかるから、参加者や協賛企業からの寄付では到底まかないきれず、地元の処理施設との連携がとても重要なんです。富士山の清掃を12年間続けてくる中で、地元の意識もだいぶ変化し、無償でごみ処理に協力してくれる地域も出てきました。いまでは富士山5合目以上では、ごみを見つけるほうが難しいほどきれいになりました。次の目標は、二度とごみを出さず自然環境を守っていくルールを確立すること。目下話題になっている世界遺産に登録されれば、それこそ世界中から大勢の観光客が殺到します。だから登録を進める前に、そうなっても美しい環境が守られるよう、入山料をとったり入山規制をするなど、受け入れ態勢を整えておくことも必要だと思うんです。富士山は日本の真の迎賓館たるもの。名実ともに世界に誇れる山にしたいですね。環境問題は自然相手にやるものと思いがちですが、動植物が自然を汚しているわけじゃないから、僕は人間社会を相手にやるものだと思うんですよ。僕ら人間一人ひとりの意識が大事になってくるんです。

子どもへの環境教育は、自然に触れる接点を見つけてあげればOK!

僕は、環境を義務教育の一つにすべきだと考えているんです。全国の先生方から、「学校でどんな環境教育をしたらいいの?」とよく相談を受けますが、僕は、環境教育というのは学校の先生が机上で一から教えるのではなく、自分の学校の周囲にある自然環境に合わせて、NPOをはじめ、農家、猟師、漁師といったプロフェッショナルの方々と子どもたちとを出会わせてあげるきっかけづくりを、学校が担えばいいと思うんです。やっぱり、環境教育は外でのアクションを通じて学ぶことが重要なんですよね。僕が主宰する「野口健環境学校」でも、子どもたちは教室の中の授業よりよっぽど楽しそうに大はしゃぎします。いまの日本には“健康な森”が激減しているから、環境学校では不健康な森を健康にしていくための間伐などを体験します。うっそうとした暗い森も、6年も世話していくと明るくなって、さまざまな動植物が息づきます。こうした変化を見ていくことも大事な環境教育です。いまどきの子どもはインターネットを使って、なんでも知っているから、「京都議定書には……!」なんて知識を持ち出す子もいるんですよ。でも、知識はしょせん知識でしかない。体験に勝るものはない。だから、僕は子どもたちと富士山に登ったり、暗い森にも連れて行く。ちょっとでも物音がするとキャーとか、ビクッとか、動植物が奏でる音に彼らはビビリまくり。だって普段は人間か機械が出す音しか耳に入ってきていないんですから。暗い森の中で子どもたちの耳や鼻は鋭くなり、土や草のにおい、虫や動物の声に、あれはなんだと未知の体験に大興奮です。子どもには、もっともっと自然との接点が必要なんです。そもそも環境教育に正しい回答はないんだから、大人たち、親たちは、きっかけを与えてあげればいい。あとは子どもたちが自由に、自分の好きなやり方で環境に関心を持っていきますよ。

うちの娘は“パパの仕事はごみを拾うこと”と思っている節があります。ドライブしていても犬の散歩中も、目ざとく道端にごみを見つけると「パパ、ごみだよ。拾わなくてもいいの?」と嫌がらせみたいに言います(苦笑)。もちろん彼女自身もどんどん拾います。子どもは目線が低いから、垣根の奥やベンチの下までよく見えるらしいんです。子どもと一緒のエコアクションは、こうやって近くの公園から始めれば十分です。僕も犬の散歩がなければ近所までは掃除していないかもしれないですね(笑)。

野口健さんのいっしょにeco 「富士山といっしょにeco」“富士山から日本を変える”が僕らのスローガン

富士山は日本の偉大なるシンボルの一つだから、富士山がきれいになることをよいモデルにして、日本全国に清掃活動の輪が広がっていくといいなと願っています。環境問題を、日本全体が意識する問題にしていけるよう、富士山が一つのきっかけになったらいいですね。

プロフィール

野口健/アルピニスト
1973年生まれ。高校時代に故・植村直己氏の著書『青春を山に賭けて』に感銘を受け、登山を始める。1999年エベレストの登頂に成功し、7大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立。2007年5月には中国側(チョモランマ)から登頂に成功。ネパール側ならびに中国側から登頂に成功した日本人では8人目。2000年からエベレストや富士山での清掃活動を開始。「野口健環境学校」の開校で環境問題に取り組むほか、2007年12月には大分県にて開催された「第1回アジア・太平洋水サミット」運営委員として各国元首級に参加を呼びかけ、以後、地球温暖化による氷河の融解防止への対策を継続的に活動。第二次世界大戦時の日本兵のご遺骨の収集活動、シェルパ(登山の案内人民族)遺族のための「シェルパ基金」設立、「センカクモグラを守る会」など活動範囲は多彩。メディア出演、講演、著書も多数。最新刊は『それでも僕は現場に行く』(PHP研究所/2011年6月)。

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