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【特集:美髪】

偶然を偶然のまま終わらせない!
花王の先輩たちから学んだ「本質に迫る姿勢」が髪の秘密を解き明かした

  • 2022/08/10 Text by Rikejo編集部

Rikejo

美しい髪って何だろう──?
そんな本質論に真っ向から挑んだ花王の研究者たちは、これまで知られていなかった、髪をめぐるさまざまな発見を重ねてきました。
今回、お話をうかがうのは、株式会社花王ヘアケア研究所の渡邊俊一さん。髪の「キメ」や「くせ」の本質を探求してきた渡邊さんに、失敗さえも発見の種に変えていける研究生活の楽しみについてうかがいました。

<美しい髪の秘密とは?驚きの研究結果を知りたい方は、こちらの記事もご覧ください!>

渡邊 俊一氏の写真

  • 偶然の発見から髪の秘密に迫った研究に新人時代から参加した花王ヘアケア研究所の渡邊俊一さん。

身の回りの「不思議」を理解したくて

身のまわりで不思議に思うことを説明してくれる理科が子供の頃から大好きで、「大学で学ぶなら科学だ」と思っていました。実際、大学で選んだ専攻分野は化学です。これも高校生のときに一番好きだった科目が化学だったからで、「好き」「おもしろい」という気持ちに素直になって進路を選択してきたと言えるのかなと思います。

大学時代に研究に取り組んだのは、「時間分解振動分光法」でした。花王で研究してきた「髪の美しさ」といったことと比べると堅苦しい用語に見えるかもしれませんが、物質の化学変化をハッキリとらえようとする、比較的新しい手法の研究です。

物質に光を照射すると、入射光とは異なる波長の散乱光がわずかに含まれます。これを「ラマン散乱光」と呼びます。入射光と散乱光との間で、なぜ波長の差が生まれるかというと、光を照射された物質の分子と光子の間で、その分子の状態に応じたエネルギーのやりとりが発生するからなんですね。

そのため、同じ入射光を当てた場合でも、分子構造などの特性やエネルギーの状態が異なる物質からは、異なる波長のラマン散乱光が得られます。逆に言えば、どのようなラマン散乱光が出てきたかを調べることで、物質そのものの特性を調べることもできるわけです。
「ラマン分光法」というこの評価法を用いると、物質の結晶性や電気特性、応力特性などさまざまな性質を調べることができます。

時間分解振動分光法は、このラマン分光法などを用いて、極めて短い時間に起こる化学反応を解析しようとする手法のことです。時間幅が短いパルス光(カメラのフラッシュのように一瞬しか光らない光)を利用して、ラマン散乱の状態を時間的に追いかけてみると、これまでとらえきれなかった化学反応の進む様子を詳細に知ることができます。

私たちが行っていたのは、ナノ(10のマイナス9乗)~ピコ(10のマイナス12乗)秒といった、ごく短い時間に起こる光化学反応(光が照射されることで生じる物質の化学変化)のメカニズムの解析でした。

基礎研究を大事にするから深められた「偶然」

実は、大学院に進学後、社会に出ることを考えるようになっても、具体的に入社を希望していた会社はありませんでした。
ただ漠然と考えていたのは、「なるべく生活に密着した商品の開発にたずさわりたいな」ということくらい。

そんなとき、当時の指導教授が「花王は、基礎研究をしっかりやっている会社だよ」と教えてくださったのがきっかけで、花王の門を叩きました。2002年のことです。
それから、はや20年が経ちますが、教授が教えてくれた通り、花王は基礎研究を重視する企業だということを実感しています。

たとえば、多くの人が悩みを抱えている髪の「くせ・うねり」の研究で大きな発見につながったのは、直接的には関係のない「ハリ・コシ」に関する実験中の偶然のできごとでした。
詳細はこちらの記事をご一読いただければと思いますが、研究用のサンプルである髪の束をハリコシ付与液に一晩漬けこんでみたら、思いがけず、くせやうねりが弱くなっていることに気がついたのです。

普通なら「今はハリやコシの研究中なのだし、髪が真っ直ぐになったのなら、まあ、それはそれでいいじゃないか」で終わってしまったかもしれません。
けれども、花王という企業の中では、偶然を偶然のまま終わらせず、「なんでそうなるの?」という素直な疑問を持つことが、むしろ大切だという雰囲気があるのです。

いったい、ハリコシ付与液の中の、どの成分が影響したのか? そもそも、なぜ髪の毛はくせを持ち、うねったりするのだろう──?
偶然から生まれた疑問を出発点に、新たな本質研究がスタートし、ついには、毛髪の形状を決定している要因にまでたどりつきました。
くせの内側と外側に存在するケラチン線維の配向の違いが、毛の成長にともなう角化と脱水の過程で、くせの内側と外側の長さの違いを引き起し、毛髪をカールさせる一因になっていたのです。

脱水によって長さの違いが発生するということは、逆に言えば、水に濡れたときのように髪を膨潤させることができれば、くせ・うねりを緩和できるかもしれない、ということでもあります。
そこで、水よりも大きく髪を膨潤させて、しかも揮発しない成分、すなわち乾燥したあともくせやうねりが戻りにくい成分がハリコシ付与液に含まれているのではないかと探したところ、疎水性スルホン酸という物質にたどり着きました。
さらには、この髪を膨潤させる効果が、ダメージによって毛髪内部に生じてしまう空洞を補修し、髪の艶まで向上させる効果があることもわかりました。

本質研究を大切にし、「なぜそうなるのか」という原理に迫ろうと研究を深めたからこそ、世の中で多くの人々が悩みを抱えてきた問題へのソリューションまでが見えてくる。これはやはり、花王ならではのことだったのではないかと思っています。

渡邊 俊一氏の写真

  • 研究用の毛髪にクシを通す渡邊さん。実験中のちょっとした「気づき」が発見につながることもある。

「なんで、どうして」と問う先輩たちのおかげで

このようなカルチャー、つまり「なんでなんで?」と理由を突き詰めていける雰囲気を伝えてきたのは、花王で研究の現場を支えてきた先輩研究者のみなさんのおかげだと思っています。
花王では、研究グループや研究室単位で開催されるデータの検討会のような場で、先輩たちから「どうしてそうなると思います?」とよく問われます。
思えば、入社した直後からそんなふうに問われてきて、会議にのぞむにあたっても、自分なりに「どうしてなのか」を考えておく習慣がついたような気がします。日常のコミュニケーションのなかから自然と、原理を問いつづける姿勢が身についたんですね。

誤解のないように付け加えておくと、そういう先輩たちの雰囲気というのは、「本質研究とはかくあるべし」といった堅苦しいものでは決してなくて、「なんか使える新しい原理ないの?」「おもしろい原理ないの?」という、宝探しのようなことをみんなでやっている。そうやってたどりついた発見が、ときには商品にも結びついていくわけです。

花王では、本質・原理に迫ろうとする基盤研究に取り組む人々と、商品開発研究を行う人々との関係性が、とても近いものであるというのも、ひとつの特徴だと思います。基盤研究の知見が取り入れられることで、商品開発でも検討技術の幅やアイデアに広がりが出ます。
くせ・うねりを緩和する研究にしても基盤研究あってこその発見で、くせやうねりが生まれる原理に迫っていなければ、対応できる技術も見つけられなかったでしょう。

どんな企業でも、新商品を企画するときにはまず、しっかりとしたマーケティング・リサーチは行っているだろうと思います。もちろん、それは花王でも同じですが、そこに加えて商品企画の根底のところで、研究で得られた知見や技術が生かされています。「日用品のために、そこまでするか?」というくらい本質に踏み込んだ研究を行うことが花王の特徴だと感じていますが、商品作りに研究が深く生かされるカルチャーが受け継がれていることは、そこ所属する研究者として、とてもうれしく、誇らしいことだと感じています。

自分の日常に溶け込んでくる「日用品開発」

読者のみなさんの中には、これから理系の進路を選択して、将来は企業で研究職として働きたいと考えている人もいらっしゃるかもしれません。

ひとくちに企業研究職といっても、さまざまな専門分野があり、多様な業務がありますので、そのおもしろさはもちろん、一概には語ることができません。
ただ、私が関わってきた日用品の商品開発について、研究者としての醍醐味は何かと言えば、それは日々の生活の中に、自分の仕事が溶け込んでくることではないかと思います。

私自身も、学生時代には気にもしていなかった他の人の髪の状態や、スーパーやドラッグストアのシャンプーコーナーに並んでいる商品、そこに使用されている成分といったものに、やはり無意識に視線を向けるようになりました。

そうやって日々の生活や周囲の人々の声を聞きながら、あれこれと思いを巡らせる結果として、自分が作りたいものが見えてくるし、必要だと思うものを実際の商品にして、世の中に打ち出していくことができるのです。

あらためて振り返ってみると、子供の頃は「身の回りの不思議を解き明かしてくれるもの」だと思っていた科学を学んだことで、みんなの「身の回りで役に立つ原理・技術を生み出す」仕事につくことができたのだなあと感じます。

これからも、身の回りの「なぜ」を大切にする気持ちを忘れずに、みなさんの役に立つ研究に取り組んでいきたいですね。

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