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【特集:美髪】
美容室に行けば、自分の髪とは思えない「キメの整った毛流れの美しい髪」に仕上がる。だが、2~3日もすれば、またパサついてきて指通りが悪くなり“いつもの”髪に逆戻り。
どうして?やっぱり特別なケアをしないと美髪を手に入れることはできないの?
そんな疑問に、花王 ヘアケア研究所の渡邊 俊一さんは「実は、毎日の洗髪こそ、髪のキメを整えるうえで重要なのです」と語る。
前編では髪1本1本にフォーカスし、くせを緩和することによってツヤを与えるアプローチを紹介した。今回、注目するのは「髪全体の毛流れ」だ。
“いつもの”ケアで、“いつもの”髪を変える──。
日常のヘアケアにこだわった研究員が見出した潤滑成分、「キメ」の秘策とは。
「ヘアカラーやヘアアイロンが一般的となった現代。髪のダメージを気にかける人も少なくない。ゴシゴシ洗わずに、やさしくなで洗いを心がけている人も多いだろう。だが一方で、指通りの悪さ、絡まりやすさの悩みを抱える人も増えているのだ。
「美容師資格を持つ研究員と、お客様が実際に洗髪する様子を数多く観察させていただきました。そこから分かったのは、洗い方や乾かし方に絡まりや指通りの悪さをもたらす原因があるということです。美容師さんは絡まりを解きほぐすような上手な洗い方をするのですが、なで洗いでは残ってしまうのです」と渡邊さんは話す。
なで洗い後に乾かした髪をていねいにかき分けてみると、下の写真のような毛の絡まりが数多く見つかるという。
花王 【特集 美髪】指通ししないと洗髪で髪が絡まる
髪には「形状記憶」の性質がある。水で濡れた毛は乾く過程で形を記憶し、再び濡れると元の形に戻る。水分が入ることで毛髪タンパク質の水素結合が切れ、水分が奪われる際に再結合するためだ(※2)。つまり、洗髪時にしっかり指を通して毛流れを整えておかないと、そのまま乾いて悪い状態が記憶されることに……。しかもこの「残留絡まり」はコンディショナーでもほぐしきれず、パサつき、ごわつき、まとまらない等、種々の悩みの種となることが研究から明らかになった。
「では、どうすればいいのか? まず実践できるのは、シャンプー中にしっかり指を通して絡まりを解くことだが、毎日、美容室のクオリティを自分で再現するのは難しそうだ。なんとか洗髪中に絡まりが発生するのを抑え、誰もがキメの整った髪を手に入れられるようにできないのだろうか。
「そもそも、なぜ洗髪中に絡まりが生じてしまうのか?私たちはその原因を探ることにしました」。そう話す渡邊さんが示したのは、解析科学研究所が原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)を使って測定した下の結果だ。
「水中で2本の髪の毛を徐々に近づけ、くっつけ、引きはがしてみると、引きはがす時に50ナノニュートンの付着力が生じることがわかりました(ナノは10憶分の1)。小さな力に思えるかもしれませんが、接触面積が小さいので、圧力に換算すると5気圧にも相当する強い力です。この付着力によって毛髪同士がくっつき、絡まりが生じるため、次にこの強力な付着力をいかに抑えるかを考えました」。
かなり手強い付着力だが、渡邊さんが目指したのは、すすぎの水流くらいの力で絡まりをほどくことだ。果たしてそんなことは可能なのか。
まず既存のシャンプー、コンディショナー用の界面活性剤について効果の検証が行われたが、やはりこの目標を達成できるものは見つからなかった。ただ、コンディショナーに使用されるカチオン性の界面活性剤(水中に溶解する際に正の電荷をもつ界面活性剤)については目標値には達しないものの、付着力の低減効果を確認することができた。
これについて渡邊さんは「カチオン基の毛髪表面への吸着しやすさがプラスに作用したと考えられます。しかし、効果としては十分ではなく、やはり新たなものを探すことになりました」と話す。そして次の3つの条件を掲げて、あまたある化粧品原料から有望と思われる物質を一つひとつ試していった。
1. 髪に吸着すること ⇒髪に確実に作用するため
2. 水中での付着力を下げること ⇒高い潤滑性(すべりやすさ)を発揮するため
3. 乾いたときにサラサラする ⇒再付着を避けつつ良好な感触を与えるため
約1年半、数々の物質について検討を重ねた結果、ついに見出されたのは「BIPA」と呼ばれる化粧品原料ポリマーだ。まずは下の動画をご覧いただきたい。水だけの場合と比べ、その差は歴然。くしを通す際にかかる力は、図5の目標値をほぼクリアしており、スムーズになっている。
花王 【特集 美髪】BIPAによる付着と絡まりの低減
そしてBIPAの正体がこちら。
「ビスイソブチルPEG-14/アモジメチコン コポリマー」という長い名前のポリマーだが、先に挙げた3つの条件を見事に満たす構造的な特徴を持っている。
特に2つめの条件として挙げた、高い潤滑性については、アミノ基(-NH2)とPEG基が生体内の潤い成分であるヒアルロン酸やムチンと同様のメカニズムで「水和潤滑」(※5)を起こし、毛髪間の付着力の低減に大きく貢献すると考えられている(図7)。
潤滑能については「滑りやすい=摩擦が少ない」ということなので、摩擦力を計測することで評価できる。BIPAで処理した毛髪の表面では、10-2オーダーの摩擦係数となり、これは床の上のバナナの皮、あるいは雪面の上のスキー板くらいの滑りやすさだ。図6の優れた動画にみる絡まりを抑える効果は、この小さな摩擦係数で実現されたものだ。
また、実際に毛髪を洗浄する際の条件とは大きく異なるが、表面力測定装置(SFA:Surface Forces Apparatus)と呼ばれる装置で、表面間に挟まる水分子がわずか1~2層という極限まで圧縮して摩擦力を測定したところ、驚きの結果が得られた(図9)。なんとBIPAは、10-5オーダーという極端な摩擦係数を示した。この値は水和潤滑として報告されている中でも世界最小レベルだ(※6, 7, 8)。界面に生じる摩擦力を極限まで低下させることは、サステナブル社会の実現に向けて、「トライボロジー」と呼ばれる学術・技術分野で重要な研究テーマとなっている。BIPAの極限的な水和潤滑の可能性は、今後、毛髪洗浄を越えたより広い分野に活用されるかもしれない。
さて、話を毛髪洗浄に戻すと、BIPAを応用した試作シャンプーでどの程度絡まりが抑制されたかを示したのが図10だ。一般に、シャンプーの泡立ちはアニオン活性剤によるものだが、わずかな量でも添加物の影響も受けやすく、泡立ちが悪くなりやすい。渡邊さんたちはBIPAの効果を引き出しながらもシャンプーとして成立するものを求めて、約1000パターンもの調合(処方)を試し、原型となるプロト処方にたどり着いた。
「このプロトタイプのシャンプーで洗うと、シャンプーからドライまでの間に生じやすい絡まりを大幅に低減できることを確認しました。ただ、やはり洗髪の基本はやさしく指を通して、きちんと絡まりを解きながら洗うこと。正しい方法と組み合わせることで、一人一人の髪の毛が本来持つ美しさを最大限に引き出すような提案をしていきたいですね」
「美髪」の実現に向けて、前編では1本1本の形状(くせ)に、後編では髪全体としての毛流れにフォーカスした。研究で『なぜ?』を解明し、技術で『どうやって?』という道筋を立て、製品という形に昇華させる。そのサイクルの中では、常に“本質(未解明・未活用の原理)”を見つめようとする。
「いつも通り、日常の中で、特別なことをしなくても、特殊なものを使わなくても、効果を実感できるようにすること、手ごたえの感じられる製品に仕上げることが一番大変かもしれません」。
人々の悩みに応えるべく、髪の科学を究める渡邊さんたちの挑戦は続く。
前編記事はこちら
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<参考情報>
※1 「洗い方次第でスッキリ!頭皮の臭いやベタつきを解消!シャンプー5つのポイント【髪のプロ監修】」花王『くらしの研究』サイト
※2 髪の毛の形状記憶実験
花王 【特集 美髪】髪は形状記憶物質
※3 Mizuno, H.; Luengo, G.S.; Rutland, M.W. Interactions between Crossed Hair Fibers at the Nanoscale. Langmuir 2010, 26(24), 18909–18915.
※4 花王研究レポート「自発的に髪が揃う技術を開発~美髪の鍵は毛流れが揃うこと~」
※5 Klein, J. Hydration lubrication. Friction 2013, 1(1), 1–23.
※6 山田 真爾, 宮本 拓実, 木村 光, 山崎 直幸, 渡邊 俊一 「水溶性の両親媒性高分子を用いた超低摩擦界面の設計」表面と真空 2022, 65(7), 315-320.
※7 Miyamoto, T.;Yamazaki, N.; Watanabe, S.; Yamada, S. Aqueous Lubrication with the Molecularly Confined Films of Silicone-Based Amphiphilic Block Copolymer Aggregates. Langmuir 2019, 35, 15784−15794.
※8 Kimura, H.; Miyamoto, T.; Yamazaki, N.; Watanabe, S.; Yamada, S. Boundary Lubrication with the Aqueous Solutions of Silicone-Based Amphiphilic Block Copolymer Aggregates: Effect of Concentration. Polymer Journal 2021, 53, 1123–1132.
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