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  • #毛髪科学 #ヘアケア #くせ毛

【特集:美髪】

くせ毛・ツヤに一石二鳥「毛髪制御は水に学べ」

  • 2022/07/27 Text by 堀川晃菜

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花王の研究員は「水」を味方につけるのが、うまい。

以前紹介した、肌へのやさしさと洗浄力を両立した“賢すぎる洗浄剤”では、水を引き連れながら汚れを内側から崩す界面活性剤の分子設計がカギを握っていた。水滴の濡れを制御した“究極の水玉”は、数理科学で予測された超撥水現象を見事に実証したものだった。

そして今回のテーマは「美髪」。花王では、外観、触感、動き、の3点から美髪を追求している。

花王ヘアケア研究所が考える「美髪」の3大要素

  • 図1:花王ヘアケア研究所が考える「美髪」の3大要素

この多角的なアプローチのうち、前編では、毛の一本一本の形状をコントロールする「くせ毛」の制御技術について紹介する。後編では髪全体の毛流れを整える「キメ」の制御技術に迫る。

だが、前編でさっそく疑問が生じる。くせ毛に「水」とは、最悪の組み合わせではなかったか。

花王ヘアケア研究所の研究チームは、その「水」がもたらす現象に目を付け、アイロンのような高温の熱や化学反応を用いずに、髪のくせを緩和する新たなアプローチを考案した。しかも、結果的に髪一本一本のツヤも与えられるという。本質追求の姿勢が導いた毛髪科学の新展開とは。入社以来、長年この研究に取り組む渡邊俊一さんに話を聞いた。

ツヤを奪う“チラチラ”の正体

「なぜ歳を重ねると、髪のツヤが落ちてパサつきを感じやすくなるのか?」

1975年から40年以上、日本人女性の髪質実態調査を実施してきた花王。2006年には10歳~70歳の日本人女性230人を対象に、頭髪の外観に関する調査が行われた。顕著な傾向として捉えられたのは、加齢に伴う「ツヤ」の低下。これが「くせ毛」の仕業であることを渡邊さんたちは突き止めた。

図2:年代ごとのツヤの見え方の比較(※1)

  • 図2:年代ごとのツヤの見え方の比較(※1)

「多くの人の毛髪を撮影していく中で気づいたのは、部分的に光の反射の仕方が異なると白い点のように見えることです。感覚的に言うと“チラチラ”して見えると言いますか……。これがツヤを乱していると考えられました」

写真:渡邊 俊一(わたなべ しゅんいち)花王株式会社 ヘアケア研究所 研究員。2002年 花王(株)に入社。

  • 渡邊 俊一(わたなべ しゅんいち)花王株式会社 ヘアケア研究所 研究員。2002年 花王(株)に入社。入社時からヘアケア研に所属し、約10年間、毛髪の基礎研究および基盤技術開発を担当。2014年からグループリーダーとして美髪・ダメージケア製品の開発に従事。

そこで研究チームは、年代ごとに、直毛とくせ毛の比率を髪のカール具合に着目して調べた。くせ毛は髪全体の毛流れから外れ、光の反射を乱すからだ。カールの半径が大きいほど直毛(図2の緑)、小さいほどうねり毛(橙)ということになる。結果はやはり加齢に伴い、さまざまな強さのくせ毛が増えることを示していた。だが、まだこれだけでは、くせがツヤを奪う犯人とは言い切れない。

図3:加齢に伴う「くせ毛」の増加(※2)

  • 図3:加齢に伴う「くせ毛」の増加(※2)

次に、同一人物から提供された髪の毛から、まず直毛のみを集め、そこにくせ毛を全体の2.5%、5%、10%と徐々に混ぜていった。すると、わずか10%、全体の1割のうねりがあるだけでも、ツヤは低下。複数の研究員が手触りで確かめた感触評価においても、パサつき、ごわつきが感じられるようになり「なめらかでない」と判定される結果となった。

図4:くせ毛の割合とツヤやなめらかさとの関係(※1)

  • 図4:くせ毛の割合とツヤやなめらかさとの関係(※1)

やはり問題の一因は「くせ毛」にあるようだ。既存の対処法としては、縮毛矯正剤やヘアアイロンによる熱処理などの直毛化が定番だが、いずれも髪に与えるダメージが気になる。

高温の熱や薬剤により強制的に直毛にする過程では、毛髪の内部にあるタンパク質の構造を乱したり、化学結合(シスチン)を一度断ち切り、ストレートにした状態で再度結びつかせることで、くせを矯正している。効果は抜群だが、いずれにせよ化学的に強い処理なので、タンパク質の変性(タンパク質の構造が崩れ、性質が変化すること)や、流出を抑えることが技術課題になる。

多少傷んでも直毛になれば確かに目標は達成できる。しかし、くせ毛の割合は10本に一本程度。こうしたダメージへの懸念を考えると、全体的な処理を行うのはためらわれる。

うねるのは「細胞」のせい?

「高温の熱や化学反応を使わずに、くせを緩和し扱いやすくできないか」

渡邊さんたち研究チームはまず、くせの原因を探った。そもそも、なぜうねるのか、くせ毛の理由は十分に解明されていなかったのだ。そこで、人毛よりはるかに強い"くせ毛"である羊毛に注目し、その解析で先行していたニュージーランド羊毛研究所(現AgResearch)との共同で研究は進められた。

まず確かめられたのは、人毛には羊毛と同じく「オルトコルテクス」と「パラコルテクス」の2種類のコルテクス細胞(図5)があることだった(以下、オルト細胞、パラ細胞と表記する)。

図5:毛髪の模式図。人毛の構成成分のうち「コルテクス細胞」が80〜90%を占める(※3)

  • 図5:毛髪の模式図。人毛の構成成分のうち「コルテクス細胞」が80〜90%を占める(※3)

非常に重要な発見となったのは、このオルトとパラの細胞の分布の仕方だった。図6は共同開発した方法で二種類の細胞を染め分けた結果だ(※4)。カールの強い羊毛ではこれらがはっきりと分かれている。オルト細胞(赤)がカールの外側、パラ細胞(緑)がカールの内側という位置関係だ。一方、ヒトの直毛ではこのような偏りがなく、くせ毛はこれらの中間、つまり羊毛ほど顕著ではないがカールの外側にオルト細胞(赤)が偏って分布していた。

図6:2種類の細胞の分布と毛髪形状の関係(※4) オルト細胞(赤)とパラ細胞(緑)の染め分けは、アミノ酸の組成の若干の違いに由来して蛍光染料との親和性(親水性・疎水性や電荷のバランス)にも差が生じることから可能になったと考えられている。

  • 図6:2種類の細胞の分布と毛髪形状の関係(※4) オルト細胞(赤)とパラ細胞(緑)の染め分けは、アミノ酸の組成の若干の違いに由来して蛍光染料との親和性(親水性・疎水性や電荷のバランス)にも差が生じることから可能になったと考えられている。

さらにくせ毛での細胞分布の偏りは、くせの強さ(カールの曲率)に伴って大きくなっていくことも確認された。これは加齢に伴って増えるくせ毛でも、生まれながらのくせ毛でも同じ傾向だ。

では、なぜオルト細胞が外側に偏ると、うねるのか? これには、コルテクス細胞を形成する「インターメディエイトフィラメント」(IF)というケラチン線維が関係すると考えられた。IFは髪の弾性(乱れても元に戻ろうとする性質)など、髪の形状に関与することが知られている。オルトとパラでは、このIFの配列が異なる。オルト細胞ではIFはらせん状に、パラ細胞では平行になっているのだ(※5,6)。

図7:コルテクス細胞の種類によるケラチン線維の配列の違い(※4)

  • 図7:コルテクス細胞の種類によるケラチン線維の配列の違い(※4)

渡邊さんたちが採用した仮説はこうだ(※7, 8)。

「毛髪はいわゆる“死んだ細胞の集まり”で、細胞が角化(角質化)して硬くなったものです。地肌の下で毛根にある毛母細胞が細胞分裂を繰り返し、キューティクルやコルテクスなど毛髪特有の構造を形成しながら伸びていきます。そして最後に角化して毛穴から皮膚の外へ押し出されたのが毛髪なのです。

図8:くせ毛が曲がる理由(仮説)(※7, 8)

  • 図8:くせ毛が曲がる理由(仮説)(※7, 8)

この角化の過程では、必ず脱水が起こります。水分がなくなれば細胞はその分だけ収縮します。押し潰されるように横方向に縮むわけです。このとき、IF(ケラチン繊維)がらせん状に入っているオルト細胞は、バネが伸びるように縦方向に伸びる力が働きます。しかしIFが平行になっているパラ細胞はこのような力が働きません(上図)。ここで“長さの差”が生じます。オルト細胞が外側に偏っていると、その差が顕著なものとなり、長い方を外側にして髪の毛が曲がってしまうのではないか。このようにオルト・パラの細胞分布の偏りが、うねりの一因になると考えられます」

※くせ毛が曲がる原因は、毛根自体の曲がりや細胞分裂速度の偏差など様々な機構が複合するものと考えられている(※9)


下記の動画では、より直感的に“長さの差”が生じる理由をお分かりいただけるだろう。

追い風となった“想定外のヒント”

くせ毛の科学は大きく前進した。とくにその構造の解明は「熱や化学反応を使わずにくせ毛を扱う」上での大きな手がかりとなった。先ほどの仮説の裏を返せば「水分を戻せば(細胞を膨潤させれば)、くせも緩和する」と言えるからだ。

この考えを後押ししたのは、偶然にも毛髪へのハリ・コシ付与の研究過程で見つかった現象だった。ハリ・コシを与えようと調製した溶液に毛髪を浸す実験で、たまたまサンプルに含まれていたくせ毛のカールが、一晩経つと伸びていたのだ。

図9:偶然発見されたうねりが緩和する現象(再現)

  • 図9:偶然発見されたうねりが緩和する現象(再現)

もちろん純水でも、先ほどの理屈通り、毛髪は膨潤しカールもある程度伸びるが、乾かせば水が揮発して元通りになる。驚くべきは、この「ハリ・コシ付与剤」に浸した場合は、水よりカールが伸びるだけなく、乾燥した後もそれが維持されていたのだ。予想外にも良いはたらきをしてくれた救世主の正体は、何なのか?

  • 図10:水と実験溶液(揮発しない水)の作用を比較。くせ毛から形がほぼ正円の「Cカール」部分を切り出して溶液に浸漬し、カール径の変化を観察した。

新たな知見を技術につなげる

詳細な検討により、ハリ・コシ付与成分(疎水化剤)として含まれていた2-ナフタレンスルホン酸(NSA)やp-トルエンスルホン酸(PTS)という化粧品原料成分が吸着することで、まずケラチン線維が太くなり、結果的にコルテクス細胞、最後に毛髪という順で膨潤していることが明らかになった。例えばNSAの場合なら、ケラチン線維の直径は最大で10%ほども太くなる(※10)。

では、この原理を活用した技術はどんなイメージになるのだろうか?

「NSAやPTSによるくせ緩和作用は、アイロンやくせ毛矯正に比べればはるかに穏和なものですから、これを直毛化に応用するのはあまり意味がありません。むしろ、矯正技術にはない特徴、つまりくせの強さによって『効き』が変わるという特徴(図11)を活かせないだろうかと考えています。さまざまな強さのカールを均一化できれば、くせを美しく揃えることが容易になるからです。くせ毛を矯正すべき悩みとしてではなく、個性を生かした美しいウェーブとして楽しめるような技術を開発していきたいですね」

図11:カール緩和作用は、細胞分布の偏りが大きいほど顕著なので、結果的にくせの曲がり方が揃う

ハリコシ付与実験から発見された想定外のくせ緩和物質。じつはこの実験にはもう一つの想定外があった。毛のカールが緩くなる一方で、なんと1本1本のツヤまで上がっていたのだ。カールの緩和(毛揃い向上)によるツヤ向上とは全く異なる現象だ。これについては、また別の成分がカギを握っていた。浸透促進剤として含まれていたリンゴ酸(MA)やベンジルアルコール(BA)が、髪の芯部にある「メデュラ」という組織(図5)を膨潤させることで、そこに含まれる多くの空洞を潰すことが分かったのだ。実はこの空洞も“チラチラ”して見える光散乱のもう一つの原因だった。

図12:組織が膨らむことで光散乱のもととなる空洞が補修される(ツヤが与えられる)

  • 図12:組織が膨らむことで光散乱のもととなる空洞が補修される(ツヤが与えられる)

水を制する者は、髪を制する

ケラチンを膨らませ、空洞を潰すという髪内部へのダブルのアプローチが新たなヘアケア技術の礎を築いたことは言うまでもない。これは「水の作用に学び、水素結合の大群を味方につける戦略」だと渡邊さんは語る。NSAやPTS、そしてリンゴ酸などの基剤は、水による毛髪の膨潤作用に学びながら見出した、いわば「飛ばない(揮発しない)水」だ。

「縮毛矯正剤など強い処理でなければ切れない共有結合に比べ、水素結合を始めとするその他の物理的結合は弱い結合です。切れたり、くっついたりするのは厄介でもありますが、可逆的ということは、ダメージを与えにくいマイルドな方法と言えます。それに一つひとつが弱くても、数が多いんです。だから従来のアプロ―チにも負けないくらいにそのポテンシャルを引き出すことに挑戦していきたいですね」

毛髪科学に真正面から向き合う地道な研究。それは人々の悩みに寄り添い、髪にやさしい技術を育んでいる。

後編記事はこちら


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<参考文献>

・加齢に伴う髪変化の実態調査
※1 Nagase, S. Hair structure affecting hair appearance. Cosmetics 2019, 6, 43.

※2 長瀬 忍 「毛髪の構造と特性—最近の研究成果から—」日本香粧品学会誌 2008,32(3), 214-220.

・毛髪科学の標準的な教科書
※3 Robbins, C.R. Chemical and Physical Behavior of Human Hair. 5th edition. Springer Berlin, Heidelberg, 2012, ISBN : 978-3-642-25610-3.

・オルト・パラ細胞の染め分けとくせ毛の構造解析
※4 Bryson, W.G.; Harland, D.P.; Caldwell, J.P.; Vernon, J.A.; Walls, R.J.; Woods, J.L.; Nagase, S.; Itou, T.; Koike, K. Cortical cell types and intermediate filament arrangements correlate with fiber curvature in Japanese human hair. J. Struct. Biol. 2009, 166, 46-58.

・IF蛋白質の線維形成とらせん配列の機構
※5 Ishii, D.; Abe, R.; Watanabe, S.; Tsuchiya M.; Nöcker, B.; Tsumoto, K. Stepwise characterization of the thermodynamics of trichocyte intermediate filament protein supramolecular assembly. J. Mol. Biol. 2011, 408(5), 832-8.

※6 Matsunaga, R.; Abe, R.; Ishii, D.; Watanabe, S.; Kiyoshi, M.; Nöcker, B.; Tsuchiya, M.; Tsumoto, K. Bidirectional binding property of high glycine-tyrosine keratin-associated protein contributes to the mechanical strength and shape of hair. J. Struct. Biol. 2013, 183(3), 484-494.

・曲がった毛が生じる機構
※7 Munro, W.A.; Carnaby G.A.; Wool-fibre crimp. Part I: The effects of microfibrillar geometry. J. Text. Inst. 1999, 90 (Part 1), 123-136.

※8 Munro WA. Wool-fibre crimp. Part II: Fibre-space curves. J. Text. Inst. 2001, 92(Part 1), 213-221.

※9 Hynd, P.I.; Edwards, N.M.; Hebart, M.; McDowall, M.; Clark, S. Wool fibre crimp is determined by mitotic asymmetry and position of final keratinisation and not ortho- and para-cortical cell segmentation. Animal 2009, 3(6), 838–843.

・ナフタレンスルホン酸のケラチン線維への作用とカール緩和機構
※10 Bryson, W.G.; Harland, D.P.; Caldwell, J.P.; Vernon, J.A.; Walls, R.J.; Woods, J.L.;Nagase, S.; Itou, T.; Koike, K. Electron microscopy and tomography reveal that sodium 2-naphthalene sulfonate incorporated into perming solutions swells and tilts trichocyte intermediate filaments causing straightening of curly Japanese human hair. Int. J. Cosmet. Sci. 2019, 41, 132–146.

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