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【特集:新しい角栓除去の洗浄技術】

洗浄の「難敵」角栓に挑んだ花王の研究者が語る「身近な人の悩み」に化学でこたえられるよろこび

  • 2021/12/08 Text by Rikejo編集部

Rikejo

小鼻や頬の上に、ぷくりと顔を出す、皮脂の塊──角栓。きちんと顔をあらっているハズなのに、なかなか消えないやっかいもの。そんな角栓が「自発的に溶け出す」という驚くべき洗浄成分を発見したのが、花王株式会社スキンケア研究所の尾沢敏明さんたちの研究チーム。洗浄を研究する専門家たちを悩ませていた「難敵」に挑んだ尾沢さんに、研究者という道を選んだきっかけをうかがいました。

<角栓を溶かしたのは、界面活性剤ではなかった!? 驚きの研究結果を知りたい方は、こちらの記事もご覧ください!>

尾沢 敏明氏の写真

  • 角栓の洗浄という難題にブレイクスルーを見出した花王スキンケア研究所の尾沢敏明さん。

自分を含めた「人間の悩み」に、化学で迫る

大学・大学院での研究から現在まで、私が主に取り扱ってきたのが、生体と物質の関係です。人間の身体と化学物質の関わりを解き明かし、コントロールする。人の役に立つことがしたいという気持ちと、自然を観察して少しでも科学的な理解を深めたいという欲求とをつなぐ研究分野と言ってもいいかと思います。

それに加えて、企業研究者としてものづくりに関わり、生活との距離が近い研究をするようになってからは、より多くの人に、自分の研究が活かされた商品を提案したいという思いも強くなりましたね。単に、コンビニやドラッグストアで「これ、自分が作ったんです」って言えたら面白いかなという、ミーハーな気持ちもあるんですが(笑)。

そうした意味でも、研究の醍醐味を感じられたのが、まさに今回のテーマ、「角栓洗浄の研究」でした。
そもそも、角栓に挑んでみたいと思った理由のひとつは、自分にも毛穴の悩みがあったからでした。身の回りや生活者一般に目を向けても、角栓がなかなか洗い落とせず、気にしている人はたくさんいる。そんな思いから研究を開始したのです。

ただ、いざはじめてみると、自分ひとりでは突破できない難関が次々に見えてきました。たとえば、「そもそも角栓とは、どんなものなのか」といったことさえ、最初はとらえきれていなかったんですね。そこで、花王の中でさまざまな研究に取り組んでいる、基盤研究所のメンバーに相談し、研究に参加してもらいました。

日々、新しい発見があり、手ごたえを感じる。それなのに、角栓を洗浄するためのブレイクスルーを見出せずに、ジリジリしていた時間もありました。そしてあるとき、思わぬところで角栓を、効率的に溶かすことができる物質に出会ったんですね。ああいった瞬間の感動は、研究活動を通じてしか、味わうことのできないものだと思います。

多くの人の協力でつかんだ科学的な発見を通じて、人々の役に立つ技術が生まれる。角栓という難敵への挑戦で、そんな経験ができたことは、本当に幸運なことでした。

<角栓は天然の「ミルフィーユ」だった? 身近なようでわかっていなかった、角栓の真実は、こちらの記事でご覧ください!>

物理か化学か決めきれずに

私が花王に入社したのは2006年のことです。スキンケア研究所に配属され、それから15年間、ずっとスキンケアに関する商品・技術開発を行っています。2019年までは、ビオレシリーズなどの皮膚洗浄料に関わる商品開発や基盤技術開発を行ってきました。2020年からは、汗ケアやデオドラント商品につながる研究に従事しています。

学生時代には、工学部の機能物質科学科という学科で、生体関連高分子を活用したドラッグデリバリーシステム(DDS)の開発に取り組みました。
化学が本格的に「楽しい」と思えたのも、大学・大学院時代の研究活動を通じてです。自分たち人間を含む「生体」と世の中に存在する「物質」の関わり方が、化学的に少しずつ理解ができるようになって、急激に面白さが増しましたね。

高校時代にも将来、科学の研究をしてみたいという気持ちはありました。でも、どちらかというと当時はまだ、単純に文系科目よりも理系科目が好き、というくらいのぼんやりした感覚でしたね。
実験も好きで、高校の授業で取り組んだ物理系、化学系の実験に興味をひかれていました。今、振り返れば、その頃から化学系の実験のほうが楽しかったのではないかと思うのですが、大学進学の時点でも、進みたい分野は決め切れていませんでした。

そこで大学では、「機能物質科学」という、物理と化学のどちらの方向にでも軸足を置ける物理化学の学科を選んだんです。結果的にこれは、自分にはいい選択でした。この学科では、生体高分子について扱うこともあり、物理・化学だけでなく、生体のことまで、さまざまな勉強をひと通りすることができたんですね。

尾沢 敏明氏の写真

  • 物理と化学と生体。三つの分野を幅広く学んだことが、今の研究生活にも生きていると語る尾沢さん。

がんと戦う、高機能な高分子を作ってみて

研究室では、先ほど触れたDDSの研究に取り組みました。扱っていたのは、がん細胞に薬剤を上手に届ける高分子の合成です。
温度感受性のある高分子を合成して、わたしたちの細胞膜や生体膜にも含まれるリン脂質でできた人工膜のカプセル、リポソームの表面を修飾します。この高分子は、熱を加えるとシュリンクするんですね。

このカプセルに、たとえば抗がん剤を入れて、患者さんに静脈注射すると、薬剤が血管をめぐります。このときに温熱治療と併用して患部を温めておくと、高分子が収縮してがん細胞にくっつきやすくなるわけです。
十分な量のカプセルが患部に溜まるまで、生体の作用で破壊されてしまわないようにガードする必要などもあって、そのシールドの能力とうまくシュリンクする性質とを兼ね備えた高分子を作っていくんです。

ただ、最終的には、そうやって、人間の身体の中での作用がどうなるかまで実証的に研究したいところなんですけれど、患者さんに協力してもらって実験をするというのは、やはり大変です。ですからDDSの研究者であっても、細胞レベルでの実験をしている人が多かったんですね。
そんな中で、私は幸いにも前任者の引き継ぎもあって、マウスレベル、さらにはがんセンターでの臨床試験にまで参加することができました。自分が合成した高分子と、人間との関係、生体との関係を研究できた。このことは、企業研究者として、生活に役立つものづくり、人々に近いところでの研究をしていくうえで、大きな糧になっていると思います。

スキンケアを研究したいから、スキンケアだけではない花王を選んだ

就職を考えはじめたとき、挑戦してみたいと思ったのが、スキンケア関連の研究を行なっている企業でした。
DDSにスキンケアへの応用の可能性があることも指摘されていましたが、どちらかというと、生体に関連する化学研究を人々の生活に身近な製品に役立てたいと思っていたのが理由です。そして加えて言えば、ファッションへの個人的な興味関心があったからでもあります。

どうしてファッション分野に関心を持ったのか、その背景を思い返してみると、見た目の変化というものが、自分自身の人生を少なからず変えたという実体験があったかなと思っています。小学校高学年の頃でしたが、とても太っていた時期があり、当時の自分はそれがいやで、さまざまな面で自分に自信が持てませんでした。それが、中学生になって部活をはじめてから痩せることができて、自信が芽生え、いろいろなチャレンジができるようになり、友人関係も広がっていったと思っています。「人間の内面には、自分の見た目というものが影響を与え、気持ちを大きく左右するんだ」ということ学びましたね。
もちろん当時は、そこまで整理された考えを持っていたわけではありませんが(笑)。ともかくも、自分の子供時代の経験がスキンケア系の研究を行っている企業への興味につながったのだと思っています。

さて、そうした研究を行なっている企業の中でも、花王を選んだ理由は、実はスキンケア以外のさまざまな領域で事業を展開しているからでした。一見、矛盾したことを言っているようですが、狭い視点にとらわれるようにはなりたくない、という思いがあったのです。

もちろん、スキンケア領域での研究を行いたかったのですが、そこだけに閉じこもりたくはなかったんですね。他の領域の知見をスキンケア領域に活かしたり、逆にスキンケア領域での研究成果を、他の領域でも活かせるのではないか。化学を活かした、多様な製品を世に送り出している花王なら、そういうことが可能ではないかと期待を勝手ながら抱きまして(笑)、入社したいと思ったのです。

身近な人に研究成果を使ってもらえるうれしさ

企業の研究職といっても、働き方はさまざまだと思いますが、実際に商品開発の研究職として働いてみて感じるのは、「つながる」楽しさですね。
花王の商品開発研究所では、社会の変化や生活者の悩みを調査から、生物学的・物理化学的な本質を追求する研究まで、多くの研究者が連携して、視野の広い研究活動を行なっています。それぞれの専門領域での本質研究を「つなげる」ことで、新しい価値を生み出し、最終的には商品を利用してくださる方々に新しい体験を届けることができる。その一連の「つながり」を、身近に体感できるのが楽しさであり特徴だと思っています。

一般の生活者のみなさんに、さまざまな商品をお届けしている花王ならではだと思えることもあります。それは、本当にごく身近な人々にも、自分が開発にかかわった商品を使ってもらえるということですね。
もちろん、調査にご協力いただいた方々のフィードバックや、SNSやインターネットから得られる声も大事です。ただ、ごく身近な友人たちにも、新商品を使ってもらったりできますし、逆に友人たちも、私が関わった製品を意識して買ってくれたりもしています。

そんな中で、本当にうれしい経験もありました。結婚をひかえた女性の友人が、結婚式の前に肌ケアをどうしようか、悩んでいたようなんですね。それが、私が開発にかかわった洗顔料を試してみたら、肌がなめらかできれいになったと。結婚前に出会えてよかったと言ってくれたんです。
日用品というのは、生活の中では、一見、ただ通り過ぎるような形で出会っては別れていく商品のようなんだけれど、自分たちが思いを込めて研究した成果が、確実にどこかで誰かの役立っているんだと、そういう実感がダイレクトに伝わってきて、胸が熱くなりましたね。もちろん、ミーハーな性格なので、化粧品評価サイトで売上上位ランクに入ったとかいうニュースでも小躍りするのですが(笑)。

花王では、経営層からビジネスを所管する事業部まで、企業としての、あらゆるレイヤーの人々が、本当に研究を大事にとらえていると思っています。これはやはり特別なことだと思いますし、働き甲斐にもつながっています。そうした環境だからこそ、幅広い領域の研究者が、社内にたくさんいて活躍できていますし、彼らとつながることで得られる知見は多いですね。
そうした深く本質的な研究を通じて、新たな価値の提案ができる。それが、商品やサービスの開発につながっていく。研究の深みが、社会に提案できる付加価値の幅広さに直結している環境に身を置けることは、企業研究者として、とても幸福なことだと思っています。

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