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  • #界面科学 #皮膚科学 #スキンケア #洗顔 #角栓

【特集:新しい角栓除去の洗浄技術】

毛穴詰まりに王手を!
難敵「角栓」を崩す華麗なる洗浄剤

  • 2021/12/22 Text by 堀川晃菜

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角栓。それは毛穴という恰好の住処に立てこもり、洗浄剤にびくともせず、こすっても力が届かない、超難敵の汚れだ。おまけに毛穴を目立たせ、抜群の存在感を放つ。角栓は皮脂汚れというイメージから、皮脂の分泌が盛んな思春期~若年層の悩みと捉える人も多いだろう。

ところが、花王スキンケア研究所の尾沢敏明研究員らが行った詳細解析で見えてきたのは「角栓にはかなりタンパク質が多く含まれている」ということ。その大半は毛穴の奥で剥がれたと考えられる角層に由来していた。しかも、頬の角栓については「年齢とともに増加傾向」にあるという新たな事実も発見されている。

また、皮脂にも液体脂と固体脂があるが、とりわけ角栓に多く含まれるのが、頑固な固体脂だ。この固体脂が、剥がれた角層どうしを糊付けして複雑な層構造を形成している。つまり角栓を洗い落とすには、タンパク質だけを落としてもダメ。皮脂だけを落としてもダメ。両方に同時に作用するような洗浄剤でなければ、太刀打ちできない。

難敵「角栓」を洗い落とす(力をかけずに溶かす)というミッションに向け、同じ船に乗り込んできたのは、界面化学の専門家として数々の洗浄剤を手掛けてきたマテリアルサイエンス研究所の坂井 隆也 研究員(現研究開発部門 研究主幹)だ。毛穴から抜き出した角栓にさっそく色々な洗浄剤を試すが、あれもこれも効かない。半ば諦めかけた頃、突如として浮上したのは、これまで洗浄剤には使われてこなかった意外な物質だった。研究者も目を疑った「華麗なる角栓崩しの技」に迫る。

写真:尾沢敏明研究員(左)と坂井隆也研究主幹(右)

  • 尾沢敏明研究員(左)と坂井隆也研究主幹(右)

専門家もお手上げ?「合わせ技でもダメ」

脂質とタンパク質に同時にはたらく洗浄剤を開発するには、大きく2つの戦略が考えられる。一つは、どちらにも効く万能選手を見つけること。これはなかなかハードルが高そうだ。もう一つは、脂質とタンパク質、各々に効く成分を調合する合わせ技だ。

例えば「頑固な皮脂汚れ」といえば、以前「汚れを味方に? 肌にやさしい“賢すぎる洗浄剤”の正体」で紹介したEC(アルキルエーテルカルボキシレート)という界面活性剤がある。他にも皮脂に強いものには、石鹸成分の脂肪酸ナトリウムなどがある。これに、タンパク質に強い尿素やES(ラウレス硫酸ナトリウム)を合わせてみてはどうか。

図1. 汚れの本質にかなう洗浄剤を求めて(当初の戦略)図版

  • 図1:汚れの本質にかなう洗浄剤を求めて(当初の戦略)

その結果は……。実験の様子を坂井さんは次のように語る。

「まずそれぞれを単独で試したときに、ECに浸した角栓は少し膨らみ、ESでは角栓の外側が一部崩れました。そこでECとESの合わせ技を試してみたのですが……。ダメでしたね。多少、膨潤の度合いが強くなる程度で、全く効きませんでした」

あの“賢い洗浄剤”ECが効かないとは、やはり角栓はラスボス級の相手のようだ。従来の洗浄成分が通用しない理由を坂井さんは次のように考察する。

「ECは、液体脂を味方につけて洗浄成分に変えることで、それを引き金に、液体脂に取り囲まれた固体脂も崩壊させていきます。しかし角栓には、固体脂が多く液体脂が少ない。だから力を発揮できないのです。一方、タンパク質に対して作用するESも固体脂には十分に効きません。これだけ複雑にタンパク質と脂質が密着した内部構造を持つ角栓には、手も足も出ませんでした」

ついに見つけた!意外すぎる成分

既存の技術の組み合わせでは、厳しい。そう考えた坂井さん、スキンケア研究所の尾沢さんたちは、新たにスクリーニングの範囲を広げて有効な成分の探索を行うことにした。洗顔に応用することから、化粧品原料を中心に再検討が行われた。とはいえ、数多くの中から新星を発掘するのは容易ではなかった。

坂井さん:「辛かった……」
尾沢さん:「正直めちゃめちゃ辛かったですよね」
尾沢さん:「界面活性剤は、片っ端から試していきました。溶剤との組み合わせもあるので、気が遠くなるほどのサンプルを評価して……」
坂井さん:「何度もやめようと思いましたよ」

と、半ば諦めかけた頃だった。物理的な力に頼らず「角栓を洗い落とす」という目標を掲げ、2年ほど経ったある日、ついにその瞬間は訪れた。

「一気に眠気が吹き飛びました!」と尾沢さんは当時の衝撃を振り返る。なんと、見出されたのは界面活性剤ではなく、これまで洗浄成分としては使用されてこなかった「トリスヒドロキシアミノメタン」(通称、トリス)という物質だった。まずは下の動画をご覧いただきたい。

  • 図2:新たな洗浄成分として発見されたのは、界面活性剤ではない成分「トリス」

一体どうやって、この物質にたどり着くことができたのか。

「角栓を徹底的に調べていたことで、皮脂よりもタンパク質が含有量としては多いことは突き止めていました。そこで、最終的には皮脂にもアプローチしなければなりませんが、まずはタンパク質への作用を重視したスクリーニングに切り替えたのです。一般にタンパク質の溶解性はpHに敏感だから、というのがトリスと呼ばれるpH調整剤(緩衝剤)を試した理由でした。洗浄剤という観念は全く持っていなかったので、まさか接触した瞬間、角栓が崩壊するとは驚きでした」(尾沢さん)

「私もトリスがタンパク質を緩めるところまでは想定していましたが、ここまで劇的に効くとは思いもしませんでした。角栓から脂質がピューっと噴出する映像を見たときに『ああ、なるほど』と思ったのです」(坂井さん)

トリスによる洗浄メカニズムを理解する上で、坂井さんがヒントになったと話すのが、一度は候補から脱落した“賢い洗浄剤”こと、ECの洗浄メカニズムだった。

カギを握るのは「自発的な崩壊」

まず簡単にECの洗浄メカニズムを復習しよう(詳しくは「汚れを味方に? 肌にやさしい“賢すぎる洗浄剤”の正体」で紹介しています)。ポイントは、汚れの主成分である液体脂(脂肪酸)にそっくりなECを設計することで、液体脂とECが二量体を形成するようにし、この二量体が洗浄成分として固体脂にアタックし、皮脂汚れを自発的に崩壊させる。

同様に坂井さんは、外側からのアプローチだけでは動じない角栓には、内側から変化を起こす必要があると考えた。ECの場合は液体脂がトリガーであったように「トリスには固体脂に対する何らかの作用があると考え、洗浄メカニズムを検証しました」と話す。

そこで、試験管の中のモデル固体脂にさまざまな濃度のトリス水溶液を加えてみたところ、よく知られる固体脂肪酸の溶解挙動からは想像できないくらい低い濃度から、白い塊の固体脂が一気に溶けることが分かった。

「これは固体の脂肪酸にトリスが結合することで『脂肪酸トリス塩』という水と混ざる液状成分に変えているからでした。つまり、トリスは角栓の中で『汚れ』である固体脂を『液状の洗浄成分』に変えていたのです。岩のように頑丈な角栓の中の頑固な固体脂も液体に変えてしまえば、水の力で動かせるようになります。そして、元々トリスはタンパク質に強い基剤です。まずはタンパク質の殻を緩めて角栓の内部に入りこみ、固体脂にも直接作用する。まさに鬼に金棒です」(坂井さん)

図3. トリスは固体脂を溶かす(第二の「賢い洗浄剤」である理由)図版

  • 図3:トリスは固体脂を溶かす(第二の「賢い洗浄剤」である理由)

だが、鋭い人は高校の化学で習った石鹸の作り方を思い出しながら「それなら最初から普通の石鹸(脂肪酸のナトリウム塩やカリウム塩)で良かったのでは?」と思うだろう。しかし、そもそも強アルカリの苛性ソーダや苛性カリを肌にあてて脂肪酸を中和するわけにはいかない。また、できたとしても、ナトリウム塩もカリウム塩も十分に水に溶ける状態には程遠い。その点、脂肪酸トリス塩は水への溶解度が高い。高濃度でも水に溶ける。水と一緒にトリスが毛穴に入ると、角栓中の固体脂とくっつき、液体石けんのように振る舞う。そして、そのまま水に溶け込んだ状態で、洗い流せる。これが「華麗なる角栓崩しの技」の全貌だ。

図4:角栓は折り畳んだ角層を開きながら自発崩壊する図版

  • 図4:角栓崩壊のイメージ。強固なタンパク質の殻(剥離角層)を頑固な糊(固体脂肪酸)で固められた角栓。トリスはまずタンパク質に作用して緩める。さらに固体脂を液状に変え、水に可溶化させる。こうして角栓全体が溶け出し、自発的に崩壊していると考えられる。

洗顔で検証!角栓はどうなった?

洗浄原理としては全く新しいダークホース「トリス」の登場に、これで勝負も決まった! と筆を置きたいところだが、実は上述の洗浄メカニズムの検証を含め、洗浄技術として形を成すにはさらに2年の月日が費やされた。

「トリス自体は化粧品原料として普通に使われるものです。ただそれが成分として入っているだけで良ければ、とうに角栓は落とせていることになります。角栓に対する洗浄効果を十分に発揮させる条件を見極め、最適なカタチを検討していく上では、やはりメカニズム解明という本質の理解が不可欠でした」(坂井さん)

さて、ここまでは毛穴から抜き出した角栓で行われた実験結果を紹介してきた。トリスの洗浄原理を応用した技術で、毛穴に潜む角栓は本当に洗い落とせるのか。

「トリスを含有したモデル洗顔料と、配合してない当社の通常の洗顔料、それぞれを4週間連用して角栓の面積変化を評価しました。リアルな角栓は毛穴の中に閉じこもって一部が顔を出しているだけですので、取り出して丸ごと洗浄液に漬けたときのようにはいきませんが、確かな差が見られました。トリスを含んでないものでは変化しないというこれまで通りの結果の一方で、トリスを含んだ洗顔料で洗顔した人では、有意に角栓の面積が減少していたのです。とりわけ、毛穴の詰まりが多い人ほど変化が大きいと捉えています。つまり、この原理を応用すれば、これまでは困難だった洗浄による角栓除去が、連用することで可能になると確認されたのです」(尾沢さん)

図5.トリス含有洗顔料による角栓面積減少の図版

  • 図5:トリス含有洗顔料による角栓面積減少

肌悩みの原因物質の中でも、超難敵の汚れである「角栓」。通常の洗浄剤では歯がたたない相手だが、それでも摩擦などの物理的な力に頼らず、なるべく肌に負担のかからない方法で取り除きたい──スキンケア研究に懸ける研究員の思いは、角栓そのものを洗浄剤に変身させる、しなやかで華麗な洗顔技術を生み出し、スキンケアに革新を起こしたのだった。


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<参考文献>

・脂肪酸と石鹸の関係について
日本石鹸洗剤工業会HP 「せっけんメモシート(4)石けんはこうして作られる…」
https://jsda.org/w/06_clage/4clean_198-4.html

・先行技術「EC」の洗浄原理について
「汚れを味方に? 肌にやさしい“賢すぎる洗浄剤”の正体」

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