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  • #界面科学 #皮膚科学 #スキンケア #洗顔 #角栓

【特集:新しい角栓除去の洗浄技術】

なぜ角栓は落ちないのか?
スキンケア研究員が暴く驚きの実態

  • 2021/12/15 Text by 堀川晃菜

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私たちの顔にどっかり居座る肌悩み因子、「角栓」。毛穴の黒ずみの原因と言われ、特に鼻の角栓を気にしている人は多いだろう。しかし、その詳しい実態は実は謎に包まれていた。

「角栓といえば鼻の頭にあるイメージですが、高感度で定量的に観察してみると、額や頬など顔全体に多数存在していることが明らかになりました」

角栓を「洗って落とすべき汚れ」として捉え、洗浄技術者として真っ向勝負を挑んだ花王 スキンケア研究所 尾沢 敏明 研究員の言葉だ。そこで見えてきたのは、従来の洗浄技術ではびくともしない角栓の超難敵たる理由だった。

まるで星の数?角栓はこんなところにも

まず衝撃的なのが、こちらの写真。

角栓は鼻だけでなく、頬や額など顔全体に多数存在する図版

  • 図1:顔全体の中で角栓が存在する領域(中央の人物は別人)

まるで星空の写真のように見えるが、これは高感度角栓定量法によって、顔全体を対象に角栓を可視化したもの。特定波長で光る角栓の性質を利用している。つまり光っている点一つひとつが角栓だ。黒ずみが目立ちやすい鼻だけではなく、額や頬など広範囲に角栓があることが見て取れる。

それだけでも驚きだが「年代別に実態を調べると、頬の角栓については年齢が上がるほど、その数が増えているということも分かってきました」と尾沢さん。毛穴のトラブルといえば、皮脂の分泌量が多くなる思春期から比較的、若い年代の抱える悩みというイメージがあるだけに、これまた意外だ。

頬の角栓面積合計(pixel)の図版

  • 図2:頬の角栓の年齢による変化

尾沢敏明の写真

  • 尾沢 敏明(おざわ としあき)花王株式会社 スキンケア研究所 研究員。2006年 花王(株)に入社。スキンケア研究所において皮膚洗浄料や汗ケア/デオドラント製剤、スキンケアシート製剤の技術・商品開発に従事。

角栓の知られざる話が次々と飛び出してくるが、逆に言えば、なぜ昔からその存在が知られ、多くの人の悩みの種であったのに、これまであまり調べられていなかったのだろうか。尾沢さんは次のように話す。

「角栓は体から出た老廃物です。当たり前にできるもので皮膚疾患ではないので、医学研究の対象とはなりませんし、逆に肌にメリットをもたらす働きもありません。だから老廃物について徹底的に研究するということ自体、あまり検討されてこなかったのだと思います。角栓が、脂質と剥がれた角層(主にケラチンというタンパク質からなる皮膚最表層の細胞)の混合物であることは言われてきました(※1)。しかし、毛穴の中に埋もれていて、物理的な力も洗浄剤も届きにくい。だから通常の“洗浄では落とせないもの”という暗黙の了解があったように思います。でも、そこを諦めたくなかったのです」

毛穴に立てこもる角栓の内部には洗浄剤も摩擦力も届かない図版

  • 図3:毛穴に立てこもる角栓の内部には洗浄剤も摩擦力も届かない

頑固な角栓とは何者なのか?

そもそも「角栓」とは何者なのか。取っても、取っても出てくるが、放置しておいてはいけないのか……。

汚れが肌に与える悪影響(概念図)

  • 図4:汚れが肌に与える悪影響(概念図)

私たちの顔は常にいろいろな物体に晒されている。ほこりや微粒子、細菌やウイルス、崩れたメイクアップ剤、そして皮脂や汗。こうした汚れは異物として肌に侵入したり、肌のバリア機能を乱したりして、肌にさまざまな悪影響を及ぼす。特に角栓は、毛穴をふさいで菌の繁殖を助長するため、ニキビなどに繋がると考えられている(※2, 3)。

鼻の毛包(毛穴)周りの生検試料の観察から、まず明らかになったのは、角栓が毛包の奥深くまで存在しているということ。洗浄の対象となる肌表面より、ずっと奥にまで潜り込んでいることが分かった。しかも、毛包には数多くの皮脂腺が繋がっていた。皮脂腺から分泌されるのは、角栓のもとになる皮脂だ。

「組織染色によってさらによく観察すると、皮脂腺と角栓の接合部で炎症の所見が認められるほか、表皮細胞の増殖と角層細胞の接着不全も示唆されました。あくまで仮説の段階ですが、角栓が存在する毛穴の奥では、おそらくは皮膚常在菌(アクネ菌)を原因とする炎症に伴って表皮細胞が過増殖し、さらに角化して剥離しやすい状態にあると考えられます。もちろん、このことが毛穴周りの皮膚の健康や性状に具体的にどう関わるかは、まだまだ解明すべき研究課題です」と尾沢さんは話す。

「鼻の毛穴周りの組織解析像(†)。免疫組織染色から、角栓下部周辺での炎症性の表皮細胞増殖のほか角層細胞の接着不全(細胞の間をつなぐ「デスモソーム」とよばれる蛋白質のあつまり(複合体)の形成不全を、表皮DSG1の免疫染色で確認、 データ示さず)が示唆される。(生物科学研究所による解析)

  • 図5:鼻の毛穴周りの組織解析像(†)。免疫組織染色から、角栓下部周辺での炎症性の表皮細胞増殖のほか角層細胞の接着不全(細胞の間をつなぐ「デスモソーム」とよばれる蛋白質のあつまり(複合体)の形成不全を、表皮DSG1の免疫染色で確認。データ示さず。)が示唆される。(生物科学研究所による解析)

角栓にたっぷり含まれていたのは

やはり角栓はきちんと取り除きたい。ところが、肌のさまざまな汚れの中で角栓だけは、花王の既存の洗浄技術が通用しなかった。毛穴の奥深くに籠城しているのが理由の一つだが、直径0.2~0.3ミリほどの角栓を抜き出して、直接石鹸液に浸したところで、びくともしないのだ。さらに厚さ10μm(0.01mm)の輪切りにして実験しても、外側がやや膨らむくらいで全く溶けない。

角栓は毛穴に立てこもっている図版

これまでの洗浄料で溶けない、物理的にも化学的にも厄介な相手

  • 図6:毛穴から抜き出した角栓の切片を石鹸液に浸した映像

つまり、角栓そのものが相当に手強い相手と言える。一体どうなっているのか?この瞬間、尾沢さんの頭の中で角栓との徹底抗戦のゴングが鳴り響く。そしてマテリアルサイエンス研、生物科学研、解析科学研からは、腕に覚えのある仲間たちが集まってきた。尾沢さんたちは、輪切りにした切片の構造と組成を詳細に調べることにした。

こうして角栓の断面を観察したのが下の写真。オレンジ色の点線で囲まれた部分が主に脂質で、その周囲を覆う部分はタンパク質だ。「角栓=皮脂」というイメージが強いが、実は脂質の割合が全体の30~50%に対し、タンパク質はそれを上回る50~70%を占めていることが明らかになった。その組成を調べると、角層由来のケラチンがほとんどを占めている。「剥がれた角層がこんなに入っていたのか」と尾沢さんたち研究員も率直に驚いたという。上に述べた組織染色とも整合する結果だ。

角栓の断面を観察し、組成と構造を解析した結果  (解析科学研究所にて取得)

  • 図7:角栓の断面を観察し、組成と構造を解析した結果(解析科学研究所にて取得)

さらに脂質の組成も詳しく解析すると、皮脂腺由来の固体の脂が多かった。汚れとしては液体脂より固体脂の方が落としにくい。衣料用の洗剤でも繊維に残った固体脂はなかなか落ちない。

角栓に固体脂が多いことは人間にとって実に厄介だが、肌の常在菌であるアクネ菌にとっては好都合だ。嫌気性のアクネ菌は毛穴の中のように空気に触れにくい場所を住処にする(※4)。そして液体脂の中性脂肪をリパーゼという酵素で代謝することで、固体の遊離脂肪酸に変えている。固体脂が増えるほど、それが壁となって空気を遮断し、より嫌気的な環境ができると考えられる。実際、同一人物の肌表面の皮脂と角栓を比較したところ、表在の皮脂では脂肪酸より中性脂肪が多く占めるが、角栓ではそれが逆転していた。

徹底解明で見えた「なんじゃこりゃ!」

何より、洗浄の対象物として角栓を見たとき、最大のネックはその構造にあった。

「解析するまでは、玉ねぎのように、中央に皮脂の固まりがあって、それを覆うようにタンパク質が取り囲んでいるのではないかと予想していました。しかし、赤外分光によるイメージングや電子顕微鏡で詳しく断面を観察してみると、タンパク質と脂質がドメインを形成しながら層状にいくつも積み重なっていることが分かりました。ミルフィーユほど綺麗に積層されているわけではないのですが、かなり入り組んだ複雑な層構造で……。想像以上に手強い相手です」と尾沢さんは話す。

上:複雑な角栓の内部構造。タンパク質と脂質がドメインを形成し、さらにそれらが織り交ざって層状構造を形成している。左下:FT-IR(フーリエ変換赤外分光)によるイメージング結果。右下:電子顕微鏡による観察。(解析科学研にて取得)

  • 図8:上:複雑な角栓の内部構造。タンパク質と脂質がドメインを形成し、さらにそれらが織り交ざって層状構造を形成している。左下:FT-IR(フーリエ変換赤外分光)によるイメージング結果。右下:電子顕微鏡による観察。(解析科学研と生物科学研で取得)

これらの複合的な解析の結果を踏まえて、尾沢さんは角栓の形成メカニズムの仮説を次のように立てた。まず右の図で、皮脂腺から液体脂と固体脂が分泌され、脂腺管(オレンジ色の矢印)を通って溜まっていく。同時に剥がれた角層(タンパク質)も蓄積していく。これが繰り返される中で、難洗浄性の固体脂という「糊」が、剥がれた角層という「殻」をどんどんくっつけて、何層もの複合汚れとして角栓はできあがっていくと考えられる。

推定される角栓の形成メカニズム(仮説)図版

  • 図9:推定される角栓の形成メカニズム(仮説)

角栓とは、憎々しいまでに、こんがらがった複合汚れだった。まるで難攻不落の城のような角栓。タンパク質に作用するもの、脂に作用するもの、どちらか一方だけでは歯がたたない。両方に、同時に効くものを探さなければいけないことが分かった。

さて、そんな万能な洗浄剤はあるのだろうか。いよいよ界面化学の専門家、「泡博士」の出番だ。後編では、華麗なる「角栓落とし」の技を紹介する。
後編はこちら

† 外部研究機関の協力の下、施設内審査委員会の審査・承認を受け、事前にご本人から研究目的に使用する旨を同意頂いた上で生検サンプルを採取させていただきました。


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<参考文献>

※1 Mizukoshi, K; Oikawa, M; Itou, U; Kobayashi, K; Imamura, J; Matsumoto, K.; Survey Research on Enlarged Pores as a Function of Age. J Soc Cosmet Chem Jpn. 2007, 41(4), 262-268.

Nordstrom, K M; Labows, J N; McGinley, K J. Characterization of wax esters, triglycerides, and free fatty acids of follicular casts. J Invest Dermatol 1986 86(6) 700-705.

※2 Jappe UTA. Pathological Mechanisms of Acne with Special Emphasis on Propionibacterium acnes and Related Therapy. Acta Derm Venereol 2003, 83, 241–248.

※3 Burkhart Craig G.; Burkhart Craig N. Expanding the microcomedone theory and acne therapeutics: Propionibacterium acnes biofilm produces biological glue that holds corneocytes together to form plug. J Am Acad Dermatol 2007, 57, 722-4.

※4 Jahns, Anika C; Alexeyev, Oleig A. Three dimensional distribution of Propionibacterium acnes biofilms in human skin. Experimental Dermatology 2014, 23, 682–689.

組織染色について
・組織免疫染色法(一般社団法人PaLaNA Initiative)
https://www.palana.or.jp/ipath/tissue/meneki

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