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【特集:顔印象】

文系でも理系でもない「人間」への興味が「顔の印象」の画期的な研究成果を生むまで

  • 2020/12/23 Text by Rikejo編集部

Rikejo

いくつになっても、若々しい顔でありたい──。
男性でも女性でも、そう考えている人は多いはず。しかし、年月を経るほどに、顔もまた変化していくのが事実。そんなギャップに悩む多くの人の「顔」に対する意識を変えるかもしれない科学的な研究が、花王の中では進められているのです。
その研究から見えてきたのは、他人が感じる「見た目の年齢」と「若々しい印象」は、実は異なるものだったのではないかということだとか。
そんな興味深すぎる研究に取り組んでいるのは、どんな研究者なのでしょう。花王スキンケア研究所の平あき津さんに話を聞きました。

「若々しさ」と推定される年齢はイコールではない

お話をうかがった平あき津さんは2002年、花王株式会社に入社。現在、スキンケア研究所に所属し、主に顔印象の認知に関する基礎研究や、感性工学に基づく化粧品開発に従事しているといいます。

─ 平さんたちの研究で、見た目の若さと若々しさは同じものではない、ということがわかったとお聞きしましたが、具体的にはどういうことなのでしょう。

平: 私たちは、20〜60歳台の女性の顔について、3次元データを計測し、そのデータを統計解析することで顔の年齢印象を決める成分を分析するといった研究を行ってきました。

同時に、そうした「見た目年齢印象」が若いということと、人が感じる「若々しさ」という印象は、はたして同じものなのだろうかという問いも立てたのです。

─ たしかに、そう言われると、見た目はあきらかに中高年という方でも、若々しく、元気な、あるいは溌剌とした印象を受けるような方もいるように思いますね。

平: そこで作ったのが、下図のような画像です。この画像の女性について、美容専門評価者7名に、「どちらの画像が若々しいですか」と尋ねると、全員が右側と答えました。一方で、年齢を推定してくださいと問うと、大きなちがいはなかったんです。

50代女性の平均顔をもとに作成した画像について、美容専門評価者に答えてもらった結果。両者の見た目年齢にはほとんど違いがなかったにも関わらず、回答者全員が「若々しいのは右の顔」だと答えた。

  • 50代女性の平均顔をもとに作成した画像について、美容専門評価者に答えてもらった

つまり、より若い見た目年齢印象というものと、若々しさというのはイコールではない。では、私たちは何から若々しさという印象を得ているのか。これを感性工学の手法を用いて分析することで、見た目年齢印象だけではない、若々しさを与える複合的な要素がわかってきました。


平さんたちの研究グループが取り組んだ、顔印象研究でのさまざまな発見については、こちらの記事もご覧ください。
<花王の顔:“若々しい”ってどんな顔?「形」と「心」の秘密を探る「顔の印象」を科学する~後編」

「人間に近いところ」で働こうと

─ 平さんは、学生時代からこうした顔印象や年齢の印象といったテーマに取り組んでいらっしゃったんですか。

平: いいえ、私は大学では薬学部だったので、学生時代にはそうした研究に触れることはありませんでした。実際にこうしたテーマに取り組むようになったのは、花王に入社してからですね。

─ 薬学と顔印象というと、ずいぶんちがう領域のように感じます。花王に入社されたときには、薬学の分野を活かすような形で採用・配属されたんですよね?

平: ええ、新人のときは処方を作るような仕事からはじめました。薬学部で学んだことを活かして、多くの皆様に役立つものを作る仕事がしたいと思ったので、生活に密着したものづくりを行なっている花王を志望したんです。

─ そして、スキンケア分野での取り組みの中で、顔印象の研究にかかわられるようになったわけですが、やはり研究の対象や手法としても、化学的なものに近い薬学と、印象の統計解析とは、ずいぶん発想が異なるように感じます。平さんは、どうしてこのテーマに取り組まれようと思ったのでしょう?

平: 研究テーマ自体は、私一人の発想だけで考え出したというよりも、先輩がたの研究の積み重ねから生まれたものなので、私の中では自然な流れで取り組んだものなんですが、お答えしづらいところはあります。ただ、あらためて問われると、自分自身にもこうしたテーマへの興味関心が、ずいぶん前からあったのではないかとも思います。

私はもともと、人間というものに興味があったのではないかと思うんですね。薬学という分野を選んだのも、人間に近いところで勉強をしたいという気持ちがあったからです。もし理系か文系かという進路選択をする場面で、理系を選ばなかったとしたら、私は文学部心理学科に進んでいたんじゃないかと思います。

日本では心理学というのは文系学部に属していることが多いですけれども、本来心理学というのは、理系と文系の融合、境界的な領域にあるものだと思うんですね。ただ、日本の受験システムにおいては、文系として進路選択をしないと専門的な勉強がしにくい状況がありました。

文系・理系の区別より「本当に興味があること」に向き合って

─ 顔の認知、あるいは人間の感性を定量的に計測して分析するといった、人間の心に近い研究は、もともと興味があられる分野だったんですね。それでも理系を選択された理由というのは、なんだったんでしょう?

平: やっぱり、誰しも「やりたいことと、できること」という選択に直面するときがあると思うんですけど、私の場合は文系科目の中にどうしても興味が持てない科目があって、モチベーションの意味で文系の勉強は非常につらかったんです。なので、そのまま文系を選んでも、希望するような進路には進めないんじゃないかという気持ちがありました。

─ するとしかし、最終的には理系のキャリアを経て、「人間」という軸にこだわってきたことで、もともと一番興味があった人間の感性という研究テーマに向き合うことができるようになったわけですね。

平: そうですね。これまで女性は、周囲も女性自身も「若くなければいけない」というような意識を持っている方が多くて、時代によって状況が変わってきたとはいっても、そうした意識に苦しめられているという女性は現在でもいると思います。

けれども、「若く見える」ということと「若々しく見える」ということは、実は異なる印象であって、若々しさが含んでいる、溌剌とした感じといったものがどこから来るのか、どんな要因を変えれば、それをコントロールできるのか研究を進めて、情報発信していくことで、人々の選択肢を広げることができるのではないかと思っています。

人間の感性、心理といったことに興味がありましたが、花王での研究でわかったことを発信し、商品づくりの基礎として利用していってもらうことで、人に近いところで研究し、成果を世の中に還元できたらいいなという、私が本来やりたかったことに結果として近づけたのかもしれません。

人間の感性や社会とのつながりを考えようとするとき、文系も理系もない。どんな道をたどっても、自分が本当に興味を持てることを大切にしていけば、思いがけない形で、選択しなかったはずの領域が仕事になることもある──。

私たちの日常に密着した商品開発の基礎になる研究を行なっている花王の研究所だからこそ、そんな「人間に近い」研究が、平さんのお仕事になったのかもしれません。

進学、就職、あるいは人生の転機に差し掛かったときは、自分が本当は何に興味があるのか、あらためて見つめ直してみる。そんな人生のヒントを感じた、今回のインタビューでした。


【引用元】
※:平 あき津, 南 浩治, 五十嵐 崇訓, 行場 次朗「複合印象としての若々しさと顔特徴との関係性を表す認知モデル」 日本感性工学会論文誌 2020, 19(1), 65-71
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjske/19/1/19_TJSKE-D-19-00029/_pdf/-char/ja
(本著作物の著作権は日本感性工学会に帰属します。本著作物は著作権者である日本感性工学会の許可のもとに掲載するものです。ご利用に当たっては「著作権法」ならびに関連法規に従うことをお願いいたします。)


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