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【特集:顔印象】
「顔の印象」を科学する~後編
時たま、実年齢を聞いて仰天するほど“若々しい印象”の人に出会うことがある。だが、よく考えてみると“若々しさ”とは、いったい何なのだろうか。こんな興味深い実験結果がある※1。
2つの画像を比べてみてほしい。どちらが若々しく見えるだろうか?
美容専門評価者7名の回答は全員「右」。きっと同感だろうと思う。
では、それぞれ何歳に見えるだろうか?
同じ7名の評価者が答えた推定年齢の平均は左が49歳、右が48歳。意外なことに両者に大差はなかったのだ。
上の2枚の写真では、ある1ヵ所だけをごくわずかに変化させている。顔の形態と「見かけ年齢」、そして「若々しさ」という印象。これらは一体どのように結びついているのだろうか。
花王では、これまで「色彩」「形」「感性」という3つの視点から顔の印象について包括的な研究が行われてきた。前編では、色彩に関する研究成果を紹介した。今回は残る2つのキーワードについて紹介する。
前編はこちら:「意外! シミュレーションで見えた顔の印象を変える色」
最初に行われたのは、幅広い世代の顔を実際にスキャンしてゆき、そのデータから顔の形態と「見かけの年齢(推定年齢)」の関係を明らかにしようという試みだ。20~60歳代の日本人女性148人の協力のもと、3次元で顔形態の計測が行われた。
集められたデータから、顔の全体的な傾向や、特徴を導き出すために行われたのは「相同モデル化」を経た統計解析だ。3次元でスキャンされた人体(この場合は顔)のデータは、そのままでは多数の点の集合体であり、人体の情報とみなすことができない。ある一点を拾ったときに、それが目なのか、鼻なのか判別が必要だ。例えば、目と目の間隔などを数値化して比較するには、どの被験者のデータも同じ土俵で扱えるようにモデル化が必要となる(とくに、各データ点が解剖学的に同じ意味をもつように点を定義することを相同モデリングと呼ぶ)。
こうして得られた各々の「顔の形態を写しとったモデル」は、さらに顔全体の傾向や特徴を導き出して整理するために、主成分分析という手法で統計解析が行われた。主成分分析では、被験者間で共通性がある顔形態の特徴が「主成分」として抽出される。そのうち特に5つの主成分が推定年齢と関係していることが明らかになった。
その気になる5つの成分が、こちら。
例えば、第1主成分については、その主成分が弱い場合と強めた場合を比較すると、顔の下の部分が膨らんでいることがわかる(下膨れ成分①)。第9主成分では、目尻が下がり、かつ唇の厚さが変化する(目尻下垂+口唇厚み成分)。同様に、第10主成分は目の大きさ(目の大きさ成分①)、第12主成分は顔の下部でも特に頬の部分の膨らみ方(下膨れ成分②)、そして第20主成分は目の大きさが変わるとともに、鼻下の長さが変わる(目の大きさ②+鼻下成分)というものであり、これらの特徴が特に推定年齢に密接に関わっていることが示された。
花王 老けて見える顔形態の特徴
上の図は各々の主成分を1つずつ変化しているので、一見すると大きな印象の変化は感じにくいかもしれない。ところが複数の主成分の変化を同時に反映させた結果をみると……加齢の印象が増大することが一目瞭然だ。
各主成分には第1…、第8、第9…という数字がついているが、これは顔の形態に対する寄与率が大きい順に抽出した番号だ。つまり、第1主成分に近いほど、その成分が変わると顔形態の変化も大きくなる。数字が後ろにいくほど、形態変化としては小さいことになる。
この解析を主導した今井健雄研究員は、特に第12、第20の主成分がピックアップされたことに驚いたという。
「通常の主成分分析では、検討の対象を寄与率が1%以上の主成分に絞り込むことが多いです。なので、今回も上位10成分くらいに年齢を推定する際のカギがあるだろうと思っていました。しかし、その範囲だけでは、なかなか見つからず、30番目くらいまで掘り下げていったところで推定年齢に影響する主成分が出てきたのです。わずかな形態の変化が、印象を大きく左右する結果は驚きでした」(今井氏)
さらに、推定年齢と密接に関わる5つの主成分がどのような組み合わせで変化するのかは人によって異なる。そこで5つの主成分の変化の比率を比較することで、加齢変化のパターン化が行われた。
その結果、顔の「前面膨らみ型」「側面膨らみ型」「全面膨らみ型」そして「全面しぼみ型」の4タイプに分類できることが明らかになった。 同じグループに属する人で、実年齢の低い人・高い人を比較すると、例えば「前面膨らみ型」は加齢に伴い、顔の前部の膨らみが大きくなる。「全面しぼみ型」では、加齢に伴い全体的にしぼむ傾向があるということになる。
(歳を重ねた自分の顔は見たいような、見たくないような気もするが)自分がどのグループに属するのかがわかれば、将来的な変化を予測することができ、それを見越した対策もとりやすくなる。日ごろのスキンケアやメイクアップも、より自分に合ったものが選べるようになるだろう。
それにしても、物理的な顔の形態の「小さな変化」が、推定年齢には「大きな差」を生み出すという事実。視覚の情報を脳が処理する際、どんなジャッジをしているのだろうか? また、顔の形態は短期間で急激に変わるものではないが、実際には同じ人でも、日によって、時間帯によって、顔の“若々しさ”が違って見えたりする。こうした問いに対し、新たな研究も始まっている。私たちの脳が“若々しさ”をどのように認知しているのか、心の動きを探る研究だ。
冒頭で紹介した2枚の写真を比較する検証実験は、若々しさは外見的な年齢だけでは説明できないことを示していた。外見的な若さと、内面的な若さを区別して捉え、その両方を重視する考え方が存在することは、若さに対する志向性を調査した先行研究※2からも明らかになっている。
そこで、平あき津研究員らは、若々しさを「推定年齢」や「その他の印象」から成るものとして定義したうえで、顔の特徴との関係を明らかにしようと試みた。
まず感性工学の手法を用いて行われたのは、若々しさを評価するときに、頭の中ではどのような判断が行われているのかを調べることだ。50代の日本人女性32名分の顔の画像について、顔の印象を形容する「若々しい」「イキイキ」「元気」という言葉や、顔の特徴に関する「シミソバカス」「キメ」「シワたるみ」など、全27項目について1~5点のスコアで評価が行われた(評価者は8名)。
平均スコアの結果が同じ傾向だった項目については、1つの因子としてまとめられていき(例えば「元気」と「イキイキ」をまとめて「イキイキ感因子」に)、さらに項目どうしの関係性の強さ(例えば「イキイキ感因子」と「若々しさ」の相関性)についても分析が行われた。
その結果、まず若々しさに関わる顔印象の因子として抽出されたのは「イキイキ感」「清潔感」の2つであり、推定年齢以外にも重要な要素があることが示された(つまり、推定年齢を含めると3つの要素となる)。特に「イキイキ感」については推定年齢よりも“若々しさ”との関係が強いことが明らかになった(図7の右側)。
さらに、顔特徴の因子としては「シワたるみ感」「目力感」「目周りのくすみ感」「色ムラ感」「透明感」の5つが抽出され、顔の特徴と印象の関係性を分析した結果からは、「イキイキ感」に最も関わるのは「目力感」であることがわかった(図7の左側)。
すでにお気づきかもしれないが、この「目力感」にフォーカスして変化を比べていたのが冒頭の2枚の画像だ。右側の画像は、左側の画像に比べて、目の開き具合が約14%大きくなっていたのだ。その差を私たちの脳は“イキイキ感”として、若々しさに結び付けて感じ取っていたようだ。
今回の感性研究に携わった平研究員は、一連の結果をふまえて次のように語った。
「若々しさはどのように捉えられるのか、認知の仕方を構造化することを通じて、若々しさの多様性、そして顔特徴との関係性を明らかにすることができました。多様性というのは、若々しさは外見的なものとしてだけでなく、内面的なものとしても捉えられるということです。この研究を通じて、どのような若々しさを重視するのか、人それぞれの価値観に寄り添った提案を実現していくことがウェルエイジングへの貢献になると考えています」
若さを決めるのは、見た目だけじゃない。それがきれいごとではなく、実際にそうなのだと裏付けたこの成果は、きっと多くの人たちの背中押してくれるだろう。
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