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  • #まもる #感染予防 #掃除・キッチンケア #衛生学

【特集:住環境の衛生研究】

家庭に潜む「微生物」「ウイルス」の知っておくべき基礎知識

キッチンが微生物のホットスポット!?

  • 2020/10/07 Text by 及川夕子

FRaU

ウィズ・コロナ時代となり、私たちの生活スタイルは大きく変化した。家で過ごす時間が増えるなかで、気になるのが住まいの衛生・感染症対策だ。

花王は感染症から社会を守り、臭いや汚れといった微生物由来の不快感から暮らしを守るため、ウイルスや微生物に関する研究を日々行なっている。見えない微生物やウイルスのリスクも、科学の力があれば見ることが可能だ。例えば花王の衛生研究から、家の中でもキッチンに、細菌など微生物が繁殖しやすいホットスポットが多くあることがわかった。一見、掃除が行き届いているように見えるキッチンも、意外なところに微生物が潜んでいるという。

今回は、住環境を衛生的に保つため、知っておきたいこと、するべきことを、研究員の視点から解説してもらった。「微生物とウイルスの違いは?」「除菌・殺菌・消毒の違いは?」など、わかっていそうでわかっていないことも含めて、日頃の掃除や感染対策のポイントを見直してみよう。

生活の中にいる微生物。その存在を把握しよう

私たちの生活環境には、ウイルスから細菌、カビなどのさまざまな微生物まで、目に見えない無数の異物が存在している。どれも身の回りにも存在するが、私たちの体内にも存在し、共存していたりもする。

微生物ともうまく共存していければいいけれど、増えすぎてしまうと臭いなど不快感の原因になったり、食中毒や感染症のリスクが高まる。

家の中で微生物が多い場所はどこか? どんな場所で除菌が必要になるのだろう?
そうしたことを調べるのが、〝MoBE(Microbiome of Built Environment/建物の中にいる微生物の群がりのこと)〟と呼ばれる研究分野だ。

「微生物というのはたくさん集まると、感染症の原因になったり、臭いや汚れといった形でその影響が目に見えるようになります。例えば、風呂場によく出現するピンク汚れの主原因と考えられるメチロバクテリウムという細菌の研究では、その数が、約10の7乗個まで増殖するとピンク色に見えだすことがわかりました。

ただ、微生物は悪者ばかりとは限りません。例えば、喘息、アトピー、花粉症といった疾患に微生物がいることでかかりにくくなる、強い身体になるということも、近年論文で報告されるようになりました。また、一般には細菌数が多いほど感染リスクは高くなりますが、人に感染する為に必要な最少細菌数は、細菌の種類によっても、人の健康状態によっても異なります」
こう話すのは、花王株式会社 安全性科学研究所 主任研究員の矢野 剛久さんだ。

つまり、微生物は増えすぎると困ることがあるけれど、衛生的にしすぎても人の抵抗力が下がることにつながりかねない。したがって、「快適さと健康を両立させるには、家庭内の微生物の群=MoBEを〝適度〟に制御していくことが重要」だと矢野研究員は言う。

キッチンで菌が繁殖しやすい3大スポット

家庭内の微生物の実態を探るため、矢野研究員は、室内の50以上のスポットについて細菌の数、細菌の種の数、病原菌存在比率などを調査。136もの家庭を対象に合計1630カ所の細菌を調べた結果は、驚くべきものだった(以下、「菌」と呼ぶ)。

「まず、家族が集まるダイニングやリビング、トイレよりも、キッチンに菌のホットスポットが集まっていることがわかりました。キッチンでは、キッチンスポンジやシンク排水口、蛇口付け根といった場所において菌数が多く、キッチンスポンジには、ほとんどの家庭で100万個から1000万個という多数の菌があることが確認されました。本来お皿をきれいにするはずのキッチンスポンジや、汚れを拭き取る台ふきんでは、キッチンの排水口と同レベルの数の菌が付着している家庭もありました」

微生物の数で評価すると、キッチンスポンジ、キッチン排水溝、台ふきんが菌のホットスポットであることがわかる。

  • 図1

上の図1をみてほしい。キッチン周りで見ると、キッチンスポンジ、キッチン排水口、台ふきんが、菌数の多いホットスポット。また、リビングなどに範囲を広げ生活用品を見てみると、気になる赤ちゃん周りやスマホ表面の菌数は少なかった。

スポンジについては、食器用スポンジとシンク用スポンジを分けている家庭も多いだろう。しかし、調査結果ではなんと両者の菌数に違いは見られなかった!
「食器用スポンジとシンク用スポンジを別にしても、菌の数でみる限りではあまり意味がなさそうというのは、私にも意外でした」と矢野研究員。

キッチンスポンジの菌数が多いことはなんとなく想像出来る人もいたかもしれないが、そして意外と盲点だったのが台ふきん。キレイにするために使う道具の方に、実は菌が増えやすいことがわかったのだ。

微生物種の多様性では、キッチンスポンジに加えて冷蔵庫の野菜室もホットスポットであることがわかる。

  • 図2

上の図2を見ていただきたい。この図は菌種の多様性(菌種の数を表す値)を示している。菌種の多様性については、キッチンスポンジ(掃除用)と冷蔵庫の野菜室で高いことがわかった。つまり、野菜室はいろんな菌がいる要注意スポットだ。

「野菜室では腸内細菌科の比率が高いことも分かりました。これは、野菜についた土由来のものである可能性が高いと考えています。ただし菌数が多かった訳ではありませんので、微生物が繁殖しやすい場所というよりも、汚れを持ち込みやすい場所というように考えていただくとよいでしょう」

掃除のやり方次第で菌汚染リスクを減少できる

家庭内の菌汚染リスクが高くなる3大スポットは、キッチンスポンジ、台ふきん、野菜室であることがわかった。

「家中くまなく頑張って掃除しなくても、この3つのスポットを重点的にお掃除するようにすれば、効率よく菌の制御ができると考えています」(矢野研究員)

矢野研究員によれば、臭いやヌメリ、汚れの原因となる微生物は、「水分」「温度」「栄養(汚れ)」の3条件がそろうと増殖する。よって、微生物が棲みにくい環境を作るには、「出来るだけ乾燥した状態を保つ」「温度(20~40℃が微生物が増殖しやすい)に気をつける」「汚れ(栄養)をこまめに取り除く」ようにすればいい。

【キッチンスポンジ・台ふきんの除菌のコツ】
水気を含んだキッチンスポンジや台ふきんは、菌が繁殖しやすい。同じ台ふきんで水拭きを繰り返していると、調理台や食卓にまで菌を広げることになる。だから、スポンジにしろ、台ふきんにしろ、頻繁に交換したり、使用後はこまめに除菌する方法がオススメだ。

除菌には煮沸の他に、除菌効果のある食器用洗剤を使う方法と、台所用漂白剤でつけおき洗いをする方法がある。

「漂白というのは、汚れがある状態ですと、微生物を殺す漂白効果が、汚れの方に効いてしまう可能性もあります。汚れの方に効いてしまうと、微生物に効かなくなりますので、漂白前に十分にきれいにしてから、漂白剤に浸した方が効果的です」(矢野研究員)

【見逃しがちな冷蔵庫の野菜室】
野菜室の野菜くずなどをそのままにしておくと、菌の温床になりかねない。定期的に野菜を取り出し、除菌シートや除菌スプレーで汚れを拭き取るようにしよう。手でよく触る外側の取っ手部分やコントロールパネル部分も、拭き取って清潔に保つようにするといい。

【グッズを選択するとき知っておくべき除菌・殺菌・消毒の違い】
微生物やウイルスへの対策グッズは様々なものがあるが、製品に表示されている、除菌、殺菌、消毒とは、それぞれどんな意味なのだろう。日本石鹸洗剤工業会のHPによれば、

◆ 滅菌:菌やウイルスなどを死滅させること(日本薬局方では、微生物の生存率が100万分の1以下になることを持って、滅菌と定義しています)。最も強い表現。

◆ 殺菌:菌を殺すこと。一部を殺しても殺菌と言えるため、滅菌より弱い表現になる。法規上は細菌だけでなく、ウイルスを含む全体に使う。ウイルスに対しては、消毒や不活性化という言葉を使うことが多い。

◆ 消毒:感染症を引き起こす原因となる細菌やウイルス、真菌(カビ)、原虫などの病原性微生物の毒性を無力化すること。法規上は殺菌と同じように使われる。

微生物の研究から見えてきたお掃除のコツはあくまでMoBEを〝適度〟に制御していくこと。くまなく除菌しなくてもいいので、微生物が多くいがちな場所を除菌グッズなどを使って衛生的にしておくことがポイントとなる。

ノロウイルス研究で見えてきた
手洗い・ふき掃除の盲点

花王の「衛生研究」では、ウイルス制御方法の研究・開発も行われている。

ウイルスは、細菌よりずっとずっと小さい。電子顕微鏡を使わないと見えない。栄養源があれば増殖できる細菌に対して、ウイルスには、他の生物の細胞の中に侵入して増殖する、変異のスピードが速いといった特徴がある。

ウイルスにも様々なものがあるが、重篤な下痢、嘔吐を引き起こす食中毒に悩まされる人が多いノロウイルスを題材に「家庭内で感染した子どもから、感染がどう広がるのか—」という、行動モデルにおけるウイルスの広がりを調べたのは、花王の安全性科学研究所の横畑綾治研究員だ。

ノロウイルスは、ワクチンが未開発なことから、効果的な予防策は手洗いなどに限られている。しかし、普通の生活行動だけではノロウイルスは十分に除去できないまま、簡単にに拡がってしまうことがわかったのだ。

実験では、ノロウイルスから感染性を失わせたモデルを作り、ノロウイルスに感染した子どもが、トイレから出てキッチンの調理台に触れ、母親がふきんでその調理台とボウルを水拭きし、そのボウルでイチゴを水洗いするという設定で、ウイルスがイチゴ1個にどれくらい移行するかを調べた。

ノロウイルスの伝播のしかたを調べるための場面設定。感染した子どもを起点とし、調理台、ふきんによる水拭きなどを経て最終的にイチゴに残存するウイルスの数量を評価した。

  • 図3

「子どもがトイレで手洗いをした後に付着していた10億個のウイルスは、最終的にイチゴに760個移行しました。途中、水拭きによってウイルスの9割が取り除かれました。しかし、イチゴに残ったウイルスの量は、ヒトが感染するのに十分な量(100個以上)だったのです」(横畑研究員)

指、調理台、ボウル、溜め水、そして溜め水で洗ったイチゴの表面と、ウイルス数は減少していくが、感染成立量を下回ることはなかった。

  • 図4

手洗いだけではウイルスを十分に取り除けずに、子どもの汚染した指からウイルスの一部が調理台に移行した。その次の「キッチンでのふきんによる水拭きでは、ウイルスを取り除く効果は十分ではなく、却って拭き移しが起きていました」

となれば、水よりも効果の高い技術を使う必要があり、さらに、その効果をより活かすために、その適切な場面で、どのように使用することが有効なのかが重要になってくる。なぜなら、ウイルスには、2つのタイプがあって、消毒剤も正しく選び、適切に使用しなければ排除できないからだ。

1つは、ウイルスの粒子の周りにエンベロープと呼ばれる脂質の膜をまとっているタイプ。このエンベロープウイルスは、アルコールや界面活性剤(石鹸など)で膜を壊してしまえば感染力を失う。今回感染が広がっている新型コロナウイルスをはじめ、コロナウイルスはこのタイプに該当する。

もう一つは、膜のないノンエンベロープウイルスと呼ばれるもの。こちらに該当するノロウイルスの方が、実は手強くて厄介な存在なのだ。ノンエンベロープウイルスは、アルコールや熱に強く、感染力も強いものが多いとされている。

「同じモデルを使った実験で、次亜塩素酸ナトリウム(※)ならば、ノロウイルスを崩壊し不活性化できることを確かめました。この伝播を断ち切るには、調理器具と、調理台など他の表面を拭くふきんは分ける、調理器具を拭く際は希釈した次亜塩素酸ナトリウム液を用い、浸すように拭くことが有効と考えられます。伝播や感染の経路を把握して、適切な手立てを講じる研究方法は、ほかのウイルス、例えば新型コロナウイルスへの対応にも応用していけると考えています」
(※)家庭用の次亜塩素酸ナトリウムを含む塩素系漂白剤でも代用できる

世界的な流行が続く新型コロナウイルス感染症は、終息がまだ見えない。ウイズ・コロナ時代は、必要な対策をとりながらも、生活を楽しみ快適に暮らしていくことが大切になっていくだろう。

工夫の仕方はたくさんある。花王の衛生研究から、微生物の増殖やウイルス感染は、手洗い・水拭きだけでは防ぎにくいこともわかった。除菌や消毒も大切な対策だった。 基本の衛生を知っておくと対処がしやすい。頑張りすぎないことも大切だ。効率よく住まいをキレイにする方法を知って、安心・快適に過ごしていきたいものだ。

監修
矢野 剛久さん
花王株式会社 安全性科学研究所 主任研究員。環境学博士
2006年に入社。安全性科学研究所において、家庭内微生物汚れの解析及びその制御技術開発、界面活性剤や防腐剤等の微生物への作用機序解明等、微生物制御に係る研究・開発に従事。

横畑 綾治さん
Kao USA, Inc. Research Microbiologist
2012年に入社。安全性科学研究所において、ノロウイルスの制御、花王製品の防腐防黴、迅速菌種推定技術の確立など、ウイルス、微生物に関する幅広い研究に従事。2018年からKao USA, Inc.に派遣。米国での製品の防腐性評価・研究に従事。

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