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イノベーションのDNA

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  • #SDGs #食糧増産 #土壌改良 #低縮合リグニン

【特集:土壌】

化粧品にも使われる「界面制御技術」で、食糧危機が救われる!?

「低縮合リグニン」でバイオマス活用にも光

  • 2020/03/18 Text by 及川夕子

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温暖化・異常気象で食糧が足りなくなる!?

コンビニやスーパーに、たくさんの食材が並ぶ日本。「健康のために何を食べたらいいだろう」「太らないためにどう食事をコントロールしようか…」などと悩むことができる私たちは、世界の中でもかなり恵まれている食糧環境にあると言っていいだろう。

いま、世界では9人に1人、8億人が食糧不足に陥っている。満足に食べられないだけでなく、飢餓で命を落とす子供や、栄養不足になり健康に生きられない人々もたくさん存在するのだ。

ただ、日本も、これから先ずっと豊富な食糧を確保し続けられるかどうかはわからない。
農業や畜産業は、天候や災害の影響を受けやすい。近年は温暖化が進むにつれて、干ばつや火災、豪雨災害など気象災害が頻発、農作物の不作、耕作地の減少、作物や家畜の生育への影響などが引き起こされ、このままでは世界規模で食糧供給に混乱をもたらすとも言われている。

近いところでは、2019年9月、オーストラリアで起こった多発的森林火災が記憶に新しい。2020年1月に入っても森は燃え続け、ひどい火傷を負い病院に次々に搬送されるコアラの姿がテレビや新聞などで大きく取り上げられた。その後起きた洪水被害も甚大で、生態系や家畜への影響、果樹園などの農地も深刻な被害に遭っている。農地の被害状況は、現時点(2020年1月)では膨大すぎて把握しきれていないという。

食糧問題や気候変動への対策は、2015年の国連サミットが採択した持続可能(サスティナブル)な開発目標「SDGs」の主要課題となっている。地球環境を悪化させず、地球上の誰一人取り残さず、いかにして食糧生産量を確保していくか――。世界的課題に対し、様々な取り組みが行われている中で、日本企業も培った技術力を役立てようと動き始めている。

気候問題や高齢化など
変わりゆく農業を「界面制御技術」で支える

農業を安定的に維持していくには、自然資源だけでなく人的資源も欠かせない。
「ですが、国内農業は、高齢化によって担い手不足や耕作放棄地の増加といった問題が加速しています。近い将来、個人農家では農業は成り立たなくなり、農地を集約した企業型の大規模生産へと移行するでしょう。となると、ますます収益性や生産性が問われることになる。国内の農業を守るためには、“環境負荷への軽減”と“作物の安定した生育・収穫する技術の開発”を両輪で進める必要があって、我々の技術が貢献できると考えています」
未来に向けた〝環境保全型の農業〟に貢献しようと奮闘しているのが、花王 マテリアルサイエンス研究所室長・林 利夫さん率いる研究チームだ。

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  • 1990年から20年間で45%も産業農家は減少。ここ数年でも毎年5〜6万戸も減少している。

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  • 10年後には劇的に農業の担い手の人口が減少してしまう。

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  • 担い手不足に合わせて、耕作放棄された田畑も増え続けている。

花王は、洗剤やトイレタリーの国内シェア1位を誇る化学メーカー。まさか農作物関連事業に関わっているとは! と驚いた人がいるかもしれない。林さんたちは、花王が長年築き上げてきた「植物界面」の精密制御技術を活用し、未来農業のための開発を進めているという。現在取り組んでいるのが、生産効率を上げるためのアジュバント製品(農薬の効果を上げる添加剤)と収益性を上げる土壌改良剤の開発だ。

界面活性剤と聞くと、身近な洗濯洗剤や柔軟剤、シャンプーなどの日用品が思い浮かぶけれど、実は農薬にも製剤の均一性を保つために含まれている成分だ。一方、花王では、生産者が農薬を使用する場面で混合して用いる、界面活性剤を主成分とするアジュバント(機能性展着剤)の研究開発を行っている。その役割は、葉っぱの表面の性質を変え、薬剤(希釈した農薬)を付着しやすくさせたり、浸透性を高めたりすることだ。

「アジュバントの機能は農薬の濡れ性や浸透性を向上させることです。これは、見方を変えれば農薬の使用量や散布回数を減らして、作物の収量の安定化に貢献する技術にもつながります。そして今後、世の中の農薬散布は“ドローン”を用いた散布へと変わっていきます。ドローンは、生産者の作業効率を大幅に向上するツールです。

しかしながら、ドローン散布では散布薬液を積み込む量が劇的に少なくなり、これまでよりも高い位置より薬液が散布されるため、狙った植物に的を絞って散布することが難しくなります。つまり、“農薬の効果を安定化すること”が非常に重要となります。風が吹いても薬液が流されず、作物の葉面に確実に散布できる機能を有するアジュバントの開発を目指しています。生産者は的を絞って散布することが可能となり、そのことで周囲の農地に農薬の飛散を広げる心配も軽減できる可能性も多いに考えられるのです。そう遠くない未来に実現しそうです」

水はけの良い畑にする技術
土壌改良剤で収益性を大幅アップ

もう1つの重要な取り組みが、“土壌を理想的な環境に変える技術の開発”。林さんらは、日本の農業を救うには、「安定的な収穫量を望める農地へと改良して、それを維持していく必要がある」と考えた。

「国内の耕作放棄地の多くは水田で、粘土質の土壌です。水田は、一般に畑よりも肥沃な土地ではあるのですが、畑に転用しようとすると排水性が悪く、根に十分な酸素を供給できないために、作物の根が十分に育たないという欠点がありました。土壌の環境を変えることで、キャベツ、玉ねぎ、およびイチゴ・トマトなどの果菜類などの高収益作物の栽培に適した農地に変えられないか、というのが研究の出発点でした」

粘土質土壌の排水性を高め、空気層を増やす物質として、林さんらは植物バイオマスの主成分である、「リグニン」に着目した。植物バイオマスとは、簡単にいうと、植物から得られる枯渇の懸念の少ない資源のこと。稲わら、間伐材など多様な形態がある。その環境にも優しい植物バイオマスから取り出した低縮合リグニンを土に混ぜると、なんと土壌がいい具合に粒状の塊になってほぐれ、通水性が向上する。発芽性が上がり、植物が根を張りやすくなって生育が向上したという。

  • 低縮合リグニンによる土壌団粒化の様子

「エンレイという品種の大豆を用いた我々の試験では、低縮合リグニンを加えた土壌はそうでない土壌に対して、種を播いてから収穫までの期間を通じて土壌中に空気を十分保っており、収穫量が30%以上増加するなど大幅に向上する傾向を確認しました」

利点はまだある。従来の土地改良剤では、1度目は水はけが良くなるが、2度目になると効果が大幅に下がり排水性が悪くなるという欠点があった。その点も低縮合リグニンはクリア。
「一度使うと水はけの良い状態が、より長く維持できることもわかりました。土中の空気を好む細菌は作物にとって害が少ないので、連作障害が起きにくくなる可能性もあります。

通常、農地は連続して使用すると土地が痩せてしまうため使用できないこともあります。今後の実証検証が必要ですが、低縮合リグニンを使用するとそのサイクルを軽減することができると考えています。また、土が固まってしまうことがないので、農地を元の水田に戻したかったら比較的容易に戻すことも可能です。将来的に、環境破壊にもなっている焼畑を減らせるかどうかですか? それはまだわかりませんが、環境負荷を与えずに〝扱いやすい土地〟になることは間違いありません。実用化に向けて、さらに性能を検証していきたいと思っています」

企業の取り組みを知り、応援することも大事なSDGs

日常には食品があふれて、一見すると豊かに見える。しかし、私たちは幾度となく大きな災害を経験し、一晩で生活が一変する怖さも経験している。食べることは生きること、そして食べられることは当たり前じゃないことを意識した人も多いだろう。食糧問題は私たちにとってもっとも身近な生きる上で大事なパーツといえる。そういったことを踏まえて、企業の取り組みを知ることも、SDGsのアクションとなるだろう。

最後に林さんは、「まずは、自給率の低い日本で農業を衰退させないこと、生きるための食糧を確保することに貢献したいと願っています。また、品種改良や栽培技術に優れた日本には、アジア圏へ輸出できる素晴らしい作物がたくさんあります。単位面積当たりの収穫量を上げることで、輸出量が増え、農業が活性化していくことになれば、うれしいですね」と心強いメッセージをくれた。

チームの最終目標は、食糧問題で困っている世界の地域で貢献することだという。
「大豆の巨大生産地であるインドのデカン高原、コットンの生産地であるアメリカ南部、中国の穀倉地帯である吉林省はいずれも粘土質の土壌で、課題を抱えています。我々の低縮合リグニンは、作物の種類は問わず、土地のポテンシャルを引き出すことができます。『農業にサイエンスを』を合言葉に、食糧生産に困っている地域でグローバルな貢献を目指していきたいです」

農業にメリットを増やすことは、食糧問題を解決する重要な対策の1つ。実現に向け、さらなる研究の進展が期待される。

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監修:林 利夫さん
花王 マテリアルサイエンス研究所 室長。 1998年 花王に入社。化学品研究所(現テクノケミカル研究所)において植物生育促進剤の開発。2011年エコイノベーション研究所(現マテリアルサイエンス研究所)へ異動後は、植物性バイオマスの成分分離および機能性開発等のバイオマス高度利用研究開発、新規アジュバントおよび土壌改良剤など多岐にわたるアグロサイエンス研究開発に従事。

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