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【特集:インフルエンザ】

「何となく理系を選んだ」研究者が、インフルエンザと戦う「唾液」の力に出会うまで

「何のために研究するのか」の壁を超えて

  • 2020/02/12  Text by Rikejo編集部

Rikejo

インフルエンザにかかりやすい人とかかりにくい人では、何がちがうのか……? その答えを追い求めて、「唾液の質と量」が大きく関係することを突き止めた、花王の研究者たち。

花王の研究者たちが解き明かした「唾液」の秘密を知りたい方は、こちらの記事へ!→インフルエンザの「かかりやすさ」その差は唾液にあった

その発見の裏側には、「人の役に立つ研究がしたい」という研究者の強い想いがありました。もともとは何となく理系に進むことを選んだ研究のキーマンは、なぜ「研究者として、花王で働く」ことを選び、新発見にたどりついたのか。これから文理を選択する学生のみなさんにも、社会でどう活躍するか悩んでいる就活生のみなさんにも知ってほしい、その舞台裏を聞きました。

「何となく」理系に進んだけれど……

今回、話をうかがったのは、花王パーソナルヘルスケア研究所の山本真士さん。山本さんたちの研究グループは、インフルエンザにかかりやすい人とかかりにくい人の間では、ウイルスに対する「上気道バリア機能」をはたす、唾液の質と量に大きな違いがあることを解き明かし、「インフルエンザに強い唾液を出す」という新たな予防対策の可能性を見出しました。

山本 真士氏の写真

受験生にも就活生にも、そしてもちろん社会のあらゆる人にとってうれしい、毎日手軽に取り組めるインフルエンザ対策とは何か?そんなすごい研究を行った山本さんは、きっと子供の頃から科学の魅力に取りつかれた「理系一直線」だったはず……?

「いえ、実は子供の頃から科学が好きだとか、そんなことはまったくありませんでした」

えっ、ではなぜ、研究者の道に?

「進路の文理選択は、たしか高校2年生のときだったかと思いますが、英語の点数より数学や理科分野の点数がよかったので、何となく理系を選んだんです。のちに専門となる化学が好きになったのは、通っていた予備校の先生が黒板に書く化学式がカッコいいなあと思ったのと、化学はなぜか、それほどガリガリ勉強しなくても点数が取れたんですね(笑)。そういうこともあって、全般的に『何となく』理系の道に進んでいきました」

大学では化学の中でも、生物の体内で起こっている化学反応を解き明かす研究室に入ることとなったという山本さん。ところが……。

「錯体化学という領域なんですが、取り組んでいたのは、非常に基礎の基礎にあたる研究でした。自分で有機合成して作った物質の中に、銅や鉄、重金属などを入れて、その性質を調べる、というものです。目的の物質ができたときの達成感やスペクトルを読み解いて目に見えない物質と物質の相互作用を知る楽しみはあったのですが、世間の人に『それは何の研究なの?』と聞かれても、なかなかパッと説明できるような内容ではなくて……。

かなり頑張って説明をつけるとすると、生き物の体の中で起きている酵素などの反応の中には、重金属を含む錯体との反応というものがあります。そうした反応を引き起こすのに必要なエネルギーの量を知るために、僕がやっていたような基礎の基礎となる地道な研究が必要になるんですが、自分自身にとっても『何のために研究するのか』がわかりにくくて、もっと人に説明できる研究がしたいと思うようになっていったんです」

就職に向けて情報収集を始めた山本さんの会社選びの条件は、「世の中の普通の人が知っていそうな会社」で、かつ「研究者として活躍できる会社」。その中に、花王もあったといいます。

「とにかく、『よくわからない会社』で『よくわからない研究』をしている人にはなりたくないなと(笑)。もっと世の中に近いところで、『自分の研究はこう人の役に立っているんだ』ということがわかりやすい研究生活を送りたいという気持ちが強くて、花王に入社することになりました」

若干の「むちゃぶり」に社内の垣根を超えて挑戦

花王の中にあるさまざまな分野の研究所のうち、ヘルスケア食品研究所(現ヘルス&ウェルネス研究所)に配属され、一般の消費者に近い目線での研究開発に取り組むようになった山本さん。歳月が流れ、ある日、社内で立ち上がった新しいプロジェクトに参加することになります。

「花王が取り組んできた研究領域というと、清潔、美、健康、環境といったものがあるんですが、さらにそれらにまたがる境界領域に新しい研究の芽があるんじゃないか、ということが会社の上層部で言われ始めまして、清潔と健康の間、つまり衛生分野で何かおもしろいことができるんじゃないかということで、トップダウンで、ごく少人数のチームが招集されたんです」

これこそ、のちに山本さんたちがインフルエンザに対する唾液の働きを実証することになる、画期的なプロジェクトだったのですが……。なんと、立ち上げ当初に決まっていたコンセプトは「清潔と健康の間の領域」ということだけ。「インフルエンザ」というテーマさえも、まだ決まっていなかったといいます。

「いったい何ができるだろうかということで、当時、私が所属していたヘルスケア食品研究所と、パーソナルヘルスケア研究所がバラバラに検討を行なって、アイデアを出し合うような形になっていました。

私自身は少し遅れてこのチームに参加したんですが、実際に何をやって、どんなデータを取っていこうかと決まるまでの産みの苦しみは、相当なものがあったと思います。

ただ私の前任者が、月に1回集まって議論をしませんか、と定期的なミーティングを設定してくれていたんです。この会合が、花王の中でもなかなかユニークなものでした。

開発研究所と基盤研究所の中の生物研究所が必ず参加するだけでなく、本来は研究の成果から生まれる商品を扱う事業部の人も加わっていました。そうやって、社内の垣根を超えて、何に取り組めばいいかの議論を深めていったんです」

手探りの研究を前進させた「仲間との連携」

お題は「清潔と健康」。ならば、相手は細菌とかウイルスじゃないか。どうせやるなら、毎年大きな影響を与えている、インフルエンザではどうだろう──?

「一方で、花王の中ではすでに10年近く、オーラルヘルスケアの観点から、唾液を多く分泌させるための研究が行われていました。唾液というのは虫歯予防など、色々とよい効果が期待できるんじゃないかということで、様々な素材を検討していたんです。とくに重曹を使うと、発生する気泡のしゅわしゅわとした刺激で唾液が非常によく出るということが分かっていて、それは私たちも実際に試して実感していました。」

インフルエンザという「対象」と、唾液を多く出すために蓄積してきた様々な「知見」。社内のさまざまな分野の人々が協力し合うことで、研究の方向性はおぼろげに見えてきたのですが……。

「実際には、ここからが一番、苦労したと言ってもいいと思います。唾液を多く出せたとしても、それがインフルエンザ対策として、何かいい結果を示すんだろうか? そんな性質があるとして、それを証明するためにはどんなデータを取ればいいんだろう? 第一、本当に唾液を出すことがインフルエンザ対策になるんだろうか? それがまったくわからないところから研究を始めることになって、研究者としてはかなりタフな時間を過ごすことになりましたね」

  • (photo by iStock/写真はイメージ)

そんな暗中模索の研究に光明をもたらしたのは、インフルエンザに「かかりやすい人」と「かかりにくい人」の違いへの着目でした。唾液の成分を分析していた生物研究所からの連絡が決定的だったといいます。

「結合型シアル酸という、カギとなる物質を彼らが見つけてくれたことで、一気に研究が進み、舌下顎下腺からの唾液を分泌させることが、インフルエンザ対策として非常に大きな意味を持つことがわかってきたんです」

<研究者たちの連携で解き明かされた「唾液」のすごい力の詳細は、こちらの記事をご覧ください!→インフルエンザ研究の新展開「唾液」に注目する理由

研究室だけで終わらない「人に届く研究」を目指して

はじめこそ「何となく」理系を選んだという山本さんですが、研究者としての歩みを進める中で、「もっと世の中の人の日常に役立つことをやりたい」と花王に入社した、その思いは多くの困難を乗り越えた今も変わらないようです。

「私たちが開発している『日用品』は、病気の症状を軽減・治癒する『薬』とは違って、継続的に正しく使ってもらえないと、十分な効果が得られません。その反面、安心して、毎日身近なものとして使いつづけてもらいやすいことで、薬にはできない効果を届けられるのではないかとも感じています。

食品研での経験を活かして、研究の成果を、多くの人が日常生活に取り入れ、習慣化していただける形に仕上げていくのも、私の大事な仕事だと思っています」

これまで解明されていなかった人間の身体の働きや、それを助ける成分などを調べるだけではなく、いいものが見つかれば、それを一般の人の生活習慣に加えてもらえるものにしていく。最新の研究成果でも、それが人々の生活に届くところまで取り組んでいく──。山本さんが、そんなエキサイティングで視野の広い研究に挑戦できるのも、花王への就職を決めたときの初志を忘れていないから。そんな気がするインタビューでした。

自分の知識や経験を、世の中で活かして働いていくには、どう考えていけばいいのか。誰もがぶつかる大きな問いへのヒントが、花王の研究所には隠れているのかもしれません。

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