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【特集:バイオIOS(持続可能な洗浄)】

近い将来、「洗濯」ができなくなるかもしれない…?
「洗浄の未来」を見据えた花王の「バイオIOS技術」

  • 2023/11/30 現代ビジネス編集部 提供:花王株式会社

現代ビジネス

界面活性剤が不足する日

使って、洗って、乾かす。私たちの生活が気持ちよく清潔に保たれているのは、まいにち何気なく行っている「洗浄」のおかげだ。中でも欠かせないのが、「洗濯」だろう。汗をかき、皮脂などの汚れがこびりついた衣服を洗うことは、衛生的側面だけでなく気分をリフレッシュする側面もある。

だが、その洗濯を含めた「洗浄」が、当たり前のようにできなくなってしまう未来が訪れるかもしれないことをご存じだろうか。

洗濯に欠かせないのは「洗剤」。洗剤に含まれる汚れを落とす主成分が「界面活性剤」だ。この界面活性剤の原料になるのが、アブラヤシからとれるパーム核油や、ココヤシからとれるヤシ油などの「油脂」である。世界中のほぼすべての界面活性剤がこの2つ、とくにパーム核油から作られているのだ。

植物由来だから、もともとサステナビリティに配慮したマテリアルのようにも思える。だが、実はこれがさまざまな問題に関わってくる。花王株式会社研究開発部門研究主幹の坂井隆也氏が解説する。

「世界で使用されるパーム油、パーム核油のほとんどがマレーシアとインドネシアに依存しています。グローバルな人口増加と生活水準の向上により、洗濯を含む『洗浄』のニーズはさらに拡大していきますが、それに応えるために農園の拡充をしようにも、天然の森林をこれ以上伐採するわけにはいかないのです」

坂井 隆也氏の写真

  • 坂井 隆也(さかい たかや) 花王株式会社 研究開発部門 研究主幹。工学博士。国立大学法人山形大学客員教授。1992年 花王(株)に入社。素材研究所(現マテリアルサイエンス研究所)において、機能性界面活性剤の分子設計、工業的製法の開発、機能探索、作用機序の解析など多岐にわたり界面活性剤の研究・開発に従事。

世界の界面活性剤の年間使用量は、約1564万トンにのぼる(2014年、※)。だが、植物油脂を原料とするのは界面活性剤だけではない。油脂資源は食用、工業用などさまざまな用途に活用されており、特にパーム核油と同じくアブラヤシから採取されるパーム油はほとんどが食油中心に使われている。油脂資源は、平たく言えば「取り合い」になっているのだ。

WWFの調査によると、インドネシアのスマトラ島では、1985年から2018年の間に、熱帯林の半分以上が減少したことが判明している(※)。これは世界人口と需要の増大にあわせて、製紙やアブラヤシの大規模農園(プランテーション)が展開されたことが大きな原因になっている。

森林伐採による環境負荷や生態系への影響などの兼ね合いもあり、近年は横ばいになってきているものの、従来通りの作り方を続けていると、やがて油脂全体ひいては界面活性剤が不足する日がやってくるかもしれない。

過去20年で地球人口はおよそ20億人も増大。これまで通りに需要に合わせて植物油脂の生産量を増大させるわけにはいかない。将来的には油脂原料全体、ひいては界面活性剤の原料が足りなくなるかもしれない。

  • 図1:世界の総植物油脂生産量に占める界面活性剤の原料の割合と生産量推移。 過去20年で地球人口はおよそ60億人から80億人と、20億人あまりも増大した。その需要に応えて油脂生産量も増加の一途をたどってきたが、近年は減速している

10年以上の年月をかけて実用化された「バイオIOS」

使った食器を洗い、風呂に入ってシャンプーやボディーソープを使う。床を磨き、窓を拭く…。洗浄剤は洗濯だけでなく、日常生活のあらゆる場面にかかわってくる。もし洗浄剤をあたりまえに使えなくなってしまったら、私たちの生活の質(QOL)は著しく低下することになる。ホコリや泥汚れのこびりついた家で暮らし、毎日はお風呂に入れず、服は何日も着てから洗濯する…。そうした生活を想像できるだろうか。

環境と生態系への負荷を減らしながら、しかし洗浄力は下げることなく、私たちの暮らしを支える洗浄剤を安定的に供給するーー。

その天秤の均衡を保ち、あたりまえの毎日の「洗う」を持続させるためには、原料から見直したつくり方の革新が求められる。長年それに取り組んできたのが、日本の日用品トップメーカーである花王だ。

花王が開発したのが、「バイオIOS」という新しい発想の界面活性剤だ。アブラヤシの例でいえば、従来は種の部分を界面活性剤に、果肉部分を絞って食用油に換えていた。その絞り終えた残りから作られた界面活性剤が「バイオIOS」である。

開発チームは、パーム油を食用に採取したあとに残る固体状の油脂に目を付けた。これなら、食用と競合しにくいし、工業用の用途に限られていてあまり使われていない。

  • 図2:原料転換のアイデア。オレイン系油脂のうち食用と競合しにくい固体部を活用

この部分はもともと洗浄剤の原料には向いておらず、使い道も限られていたのだが、分子構造を洗浄剤に適した形に変えることで界面活性剤をつくることに成功したのだ。

こうしてアブラヤシの果実の利用部分が拡がったことで、濃縮洗剤に応用した場合、果実の使用量を約半分にできる(自社比)。そのうえ既存の界面活性剤よりも水に溶けやすい性質を持つため、海外で多い硬水や冷たい水でも安定した洗浄力を発揮する。

高性能の製品が結果としてサステナブルに結びついた、というケースは多い。だが、環境や安全性への配慮と高い性能を兼ね備えた製品の開発には、長い時間と投資が必要だ。

界面活性剤の機能と「バイオIOS」技術への理解をさらに深めるにはこちら
「SDGs時代の洗浄剤」バイオIOSに見る花王の本気~化学の力で世界を救え


坂井氏ら研究チームが開発を始めたのは2005年のこと。ほとんど使われていない「絞った後の残り」を再利用するというアイデアは当初からあったものの、そこから界面活性剤を作れるとは、誰も思わなかった。研究チームを除いて。

「かねてから花王は、環境への配慮を追求していました。ですが、製品開発においてはどうしても、新しさや強化された機能価値を目標にしやすく、当時はまだ、一部ではサステナビリティを前面に押し出した界面活性剤の開発にピンとこない空気がありました」(坂井氏)

地道な試行錯誤の末、バイオIOSが完成したのは2015年のことだった。サステナビリティという新機能の真逆からスタートした研究は、ねらい通りに原料の幅を一気に広げたことはもちろん、冷たい硬水でも溶けて少ない量から洗浄力を発揮するかつてない界面活性剤の開発にたどり着いた。

だが、既存の界面活性剤にすぐ置き換えられるものではない。衣料用洗剤として処方の形をなすまでには、さらに4年の歳月を費やした。開発から実に10年以上の年月が経っていた。坂井氏は言う。

「サステナビリティの発想に時代が追いついてきたという事実と、当時は研究開発部門統括だった長谷部(佳宏)社長が後押ししてくれたのが大きかったですね。長期にわたって開発に取り組めたのは、商品開発研究所だけではなく、それを支えるしっかりした基盤研究所がある花王の強みです。

逆に言えば、2005年から開発を始めていたから、世界の中で他社に先駆けて商品を出せたのだと思います」

人間と地球が「共生」していく未来

この間に、花王は全社的に世界、そして地球の未来を見据えたものづくりへとシフトしていった。花王株式会社ESG部門ESG活動推進部マネジャーの楯義正氏は言う。

「花王が目指しているのは、人間と地球が『共生』していく世界です。サステナビリティの観点でいえば、水保全や脱炭素、生物の多様性、プラスチックごみの3R(Reduce, Reuse, Recycle)など、花王が日用品メーカーとして取り組んでいる問題は多方面にわたります。

日本の企業だからこそできることは、やはりイノベーションだと考えています。バイオIOSをはじめとするさまざまなイノベーションを融合させ、『資源の保護・循環』と『自然の再生』の領域で、本質的なソリューションを追求していきます」

楯 義正氏の写真

  • 楯 義正(たて よしまさ) 花王株式会社 ESG部門 ESG活動推進部マネジャー。生物多様性を担当。2004年花王(株)に研究員として入社。ヘアカラーの基盤研究や国内外のヘアスタイリング剤の商品開発を担当。19年の研究員生活を経て2023年1月から現職。

現在、バイオIOSは花王の衣料用洗剤に応用されている。だが開発はこれで「完結」ではない。坂井氏は言う。

「もちろん、洗濯用途以外の洗剤にもバイオIOSを活用したいと考えています。ただ、洗浄製品は様々な成分を混合した『処方』で最上の性能を達成するもの。既存の処方から単純に界面活性剤だけを置き換えてできるものではなく、ほかの成分も含めて一から作り変えなければならないケースも出てくる。ひとつひとつ取り組まなければならない挑戦です。

実は、世界では化学物質の規制がものすごい勢いで進んでいます。今後、従来の形での界面活性剤は生まれてこないのではないかとまで言われています。その過渡期に、私たちは一歩リードする形で踏み出せている」

新素材や技術の開発だけでなく、社会的なアプローチによる持続可能性への貢献についても、花王はすでに動き出している。楯氏が言う。

「花王は、アブラヤシを生産するインドネシアの小規模パーム農園を支援する『SMILEプログラム』を実施しています。生産性向上に向けた農業技術支援や『持続可能なパーム油』としての認証(RSPO)取得支援など現場での直接的な活動を通じて農家さんの生活向上と森林伐採抑制を目指しています。

技術に加えて、社会的なアプローチでもサステナビリティに対する答えを出していく。それが、花王の全社的な取り組みです」

サステナブルに貢献するーー大切だとわかっていても、具体的なアクションに移すのはむずかしい。そんな時、花王の「バイオIOS」が応用された製品を選んでみるのはどうだろうか。何気ない「日用品」の買い物が、人間と地球が共生する未来を想う瞬間に変わるかもしれない。

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