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イノベーションストーリーズ

NEWS PICKS Brand Design 花王130年の技術魂 #03 AC-HEC誕生秘話

  • #洗濯・衣類ケア #AC-HEC #SDGs #洗う #創る/素材開発 #高分子 #働き方

洗濯の概念を変えた革新的技術が生まれた理由とは?

  • 2019/05/23 | NewsPicks Brand Design

昨今、機能性インナーを利用する人が増えている。
速乾性にすぐれ、夏や冬でも体温調整がしやすく便利なインナーだ。
しかし、従来の洗剤では汚れを落としきれていないという大きな課題がある。
今回、それを解決する画期的な界面活性剤が開発された。
そこには、まだ30代の若手研究者たちによる開発のドラマがあった。

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実は3割しか落とせていない皮脂汚れ

多くのビジネスパーソンが愛用する、夏は涼しく冬は暖かいことなどで人気の機能性インナー。
実は昔からインナーに使われてきた素材である木綿に比べ、
皮脂汚れなどが付きやすく、従来の洗剤では3割程度しか落とせていないという。

機能性インナーに使われているポリエステルやナイロンといった化学繊維。
速乾性や吸湿性などに優れている一方、
水をはじきやすく皮脂などの脂がなじみやすいという特徴があることは我々ユーザーにはあまり知られていない。

マテリアルサイエンス研究所の齋藤隆儀は「肌に直接触れるインナーの汚れのほとんどは皮脂によるものです。
にもかかわらず、その皮脂汚れが落ちていないことがわかったんです」と話す。

齋藤隆儀 マテリアルサイエンス研究所4室 チームリーダー(素材価値開発) ヘアケア研究所勤務を経て、AC-HECの複合化技術構築、応用技術の開発に携わる。

皮脂汚れは時間が経つと雑菌によって酸化し、臭いの原因物質に。
「きちんと洗濯しているのになぜか臭う。そう感じている人は少なくないと思います」(齋藤)

これまでの洗剤は、水に溶けることで衣類の表面についた汚れを落とすのがセオリーだ。
水をはじいてしまう化学繊維を洗うにはどうすれば良いのか?

洗濯をポジティブなものに変えたい

前回の記事で紹介されている「バイオIOS」は、“汚れにすばやく吸着して落とす”という界面活性剤の新技術。
今回、開発された「AC-HEC」は、汚れを落とすだけでなく洗濯するたびに“汚れが落ちやすくなる”という新技術だ。
創業から130年、「洗う」ということと向き合ってきた花王の技術力をしても形にできなかったことだった。

バイオIOSとAC-HECの特徴 バイオIOS 技術 汚れにすばやく吸着して、落とす 原材料 ヤシやパームの実から採れる油の一部 AC-HEC 技術 汚れを落ちやすく、つきにくくする 原材料 セルロース

マテリアルサイエンス研究所に配属されるまで、ヘアケアの研究をしていた齋藤。
ヘアケアでは汚れを落とすことに加えて髪を美しくするという視点がある。
それに比べて洗濯は汚れたものを元に戻すという、マイナスをゼロにする発想だと感じていた。

「汚れたので仕方なく洗うというのは、あまりポジティブな感覚ではない。
どうせならヘアケアのように洗うことで衣類がパワーアップするようなものを作りたいと考えました。
汗などの汚れを吸収しやすく、かつ汚れが落ちやすい繊維は何か。
それは木綿。木綿はセルロースでできている、と気づいたとき、伊森がいる!とひらめいたんです」(齋藤)

同じくマテリアルサイエンス研究所で素材合成に携わる伊森洋一郎。
入社以来10年間、セルロースの研究を続けてきた。齋藤とは同期でもある。

伊森洋一郎 マテリアルサイエンス研究所3室 チームリーダー(素材合成) 入社以来10年間、セルロースの研究に携わる。AC-HECの構造設計、安定した製造技術の検討を担当。

「私は違うテーマで研究を行っていたのですが、齋藤の話が面白くて。
マイナスからゼロへ、さらにプラスになるような洗濯洗剤。
これができれば消費者に届くような技術になるのではないかと思うと、是が非でもやりたいと思ったんです」(伊森)

好きな研究に使命感を与えてくれた同期

汚れが落ちやすい繊維は木綿だと気づいた齋藤。セルロースの研究をしてきた伊森。
同期二人で始めた研究だったが、50年以上多くの研究者が達成できなかった課題は手ごわかった。

研究を進めている間、研究テーマを変えてはどうかという声もあったというが、
齋藤と伊森は「絶対にできる」と言い続けてきた。
そのモチベーションと自信の源は、いったいどんなものだったのだろうか。

「個人的にセルロースを研究してきた私にとって、齋藤が方向性を示してくれたことが大きかった。
簡単ではないけれど、絶対になんとかしてやろう、と。
好きでやってきた研究に、目的を与えてくれた齋藤に応えたいという想いがありました」(伊森)

セルロースによって繊維に水がなじみやすくなることで汚れが落ちやすく、さらにつきにくくなるという。

6kgの洗濯物を洗う場合、テニスコート約15面分にもなる繊維の表面積。
その繊維をキャップ1杯の洗剤のうち、スポイト2滴の成分で変化させなければならない。

さすがに気が遠くなったと語る伊森だが、
「はじめから諦めることだけはやめる」と決め、前だけ見続けてきたという。

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「話を持っていったのは私ですが、作るのは伊森。結果的に2年でAC-HECにたどり着けたとはいえ、
本当に大変だったと思う。
私はそれを商品開発につなげていくのが役割なので、仲間を作ろうといろんな人を説得しました。
中には否定的な意見を言う人もいましたが、少しずつ認めてくれる人も増えてきて」(齋藤)

開発に2年、製品化するまでに3年。5年の間にさまざまな立場の人が加わり、
AC-HECは一大プロジェクトになっていった。

「たった二人でラボスケールから始めたものが、
工業化検討、製造検討を経てスケールアップしていくのは感動的でした。
商品になることが決まって、工場が建って、出来上がったシステムを見たときは
すごいなとしか言いようがなかった」(伊森)

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研究者肌ぞろいの会社、花王

30代というまだ若手研究者の二人が、
これまで50年かけて解決されなかったことを5年で成し遂げたことは、
ベテランの研究者ぞろいの花王にどんな変化をもたらしたのか気になるところ。

「AC−HEC開発の間にリーダーが代わるということがありました。
新しいリーダーには当初、
やっても見込みのないことならやめた方がいいとはっきり言われたのですが、私たちの意志は固かった。
伊森が作ったセルロースならできるはずと周囲を説得して研究を続けました。
リーダーは良いものは良い、悪いものは悪いと判断する人で、感情でものを言う人ではない。
AC-HECを認めてくれたときは本当にうれしかったです」(齋藤)

「こんなすごいものができた、わぁすごいね、では終わりません。
悪い意味で疑うのではなく、本当に大丈夫なのか、安定して作れるのか、
という検証をきっちりやれば認めてくれる。
根っからの研究者肌ばかりがそろっているのが花王という会社だと思う」(伊森)

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花王には研究発表会というプレゼンの場がある。
若手であろうと「これは」と思う研究をしていれば、
研究所のトップに話を聞いてもらえる機会が用意されているのだ。

また、部署を仕切る「壁」も低いと伊森は話す。

「いろいろな部署にそれぞれの専門家がいる。
わからないことがあれば、その人に聞けばいいという空気があって、
面識がなくても連絡していいという環境ができているのはとてもありがたいです」

ミッションとして与えられたテーマ以外に、
業務の2割ほどを好きな研究に充てて良いというのも花王ならではの風土だと言える。

「私は『自然と調和する、こころ豊かな毎日を目指す』という花王のテーマが好きなんです。
世界規模の環境を意識していなければ、セルロースにたどり着いていないと思う。
人本来、自然本来という原理というか、あり方の理想を求めている会社が花王。
AC-HEC開発の成功は花王にいたからこそ実現できたものです」(齋藤)

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これからも前だけを見て進み続ける

花王で開発に携わってきたことで、環境に対する意識が変わったことはあったのか。

「自分たちが子どもを持ったことも大きく影響しているとは思いますが、
とくに洗濯洗剤の開発に携わるようになってからは、水の使用量であったり、
電気などのエネルギー消費などについて真剣に考えるようになりました。
それが研究テーマにもつながっているわけですしね」(齋藤)

「それまで妻に任せっきりだった洗濯に興味を持ったことで、さらに研究に熱が入るようになりました」(伊森)

AC-HECによって、消費者が「洗濯って楽しい!」と思ってくれればうれしい。
洗濯という言葉を、汚れを落とすことではなく、
さらに衣類をパワーアップさせるという概念に変えたいと齋藤は考えているという。

学生時代は好奇心と興味だけで行ってきた研究に、花王という会社が使命感を与えてくれたと話す二人。
視野も広くなり、視座も高くなり、見える世界がどんどん広くなっているのを実感している。

「目の前だけ見てきたけれど、
これからはもっともっと世界に目を向けて研究を続けていこうと決心しています」(齋藤)

議論するときは20代でも60代でもフラットに意見を言い合える組織のカルチャー。
みな、本当に根っからの研究者ばかりなのだ。

おなじみの機能性インナーが持つ課題を起点に、
すべての人間の日常に組み込まれた洗濯の概念をガラリと変えた花王のイノベーションの起こし方は、
次のイノベーションへの新しい兆しかもしれない。

AC-HECというひとつの成功をステップに、さらに超えるものを目指して。

花王の若手研究者たちはすでに進み始めている。

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(制作:NewsPicks Brand Design 執筆:宝水幸代 編集:奈良岡崇子 撮影:小嶋あきら デザイン:九喜洋介)

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