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【特集:サステナブルファッション】

洗濯で衣類が傷む原因は「糸」にあった。
糸を強くする新技術で、シワや型崩れを防いで、
「長くキレイに着る」ことを実現

  • 2023/12/22 Text by 及川夕子

FRaU

お気に入りの洋服は、キレイな状態のままずっと長く着たいもの。でも現実は洗濯するたびに衣類が傷む、型崩れが起こるという問題がある。結果として、洗濯を控える→お気に入りの服の着用回数が減ってしまうということになってはいないだろうか。

そんな洗濯にまつわる衣類のお手入れの悩みを解消し地球環境にも貢献しようとするのが、花王の『カタチコントロール技術』だ。今回はこの技術が誕生したきっかけや、そのメカニズムに迫っていく。なぜ洗濯時に衣類のシワやヨレが発生してしまうのか、型崩れやダメージが起きにくい仕上がりを可能にする技術とはどのようなものなのか。研究担当者である花王ハウスホールド研究所 主席研究員の石川晃さんに聞いた。

洗濯で衣類に何が起きている?

服による環境問題が深刻なことを、私たちはなかなか想像しづらい。だが製造から販売までの過程でファッションが環境に与える負荷はとても大きいことが知られている。リユースやリサイクルといった取り組みも徐々に広がってはいるが「一着の服を今より1年長く着る」ことで、日本全体で年間3万t以上の廃棄量削減(※1)になるという。洗濯時の型崩れやダメージを軽減する技術は、着る人にとってメリットがあるのはもちろん地球にも優しい。

研究員の石川晃さんは、長く衣料用洗剤や衣料用仕上げ剤の研究開発に携わってきた。洗濯することで服が傷むということは実際に起きていて、なんとかしたいと考えている人は多いだろう。

「どういうメカニズムで服が傷むのか、徹底的に調べた結果、洗濯時生地に深い『折れシワ』 や細かい『凹凸シワ』が起きていることがわかりました。洗濯で生じるシワにも2種類あるということです」と石川さん。

洗濯により、大きな折れシワや細かい凹凸シワ、レースめくれといったシワや傷みが生じる例の写真。

  • 図1. 洗濯すると生じるシワや傷みの例

まず1つは、脱水時に大きな力(遠心力)が加わることでできるシワや変形が乾燥によって固定されてしまう。これが通称「折れシワ」だ。

2つ目に、意外にも衣類のシワは水につけて乾燥させただけでも起こる。
「生地は糸を縦横に織ってできていますよね。では、糸がどのようにできているかというと、糸よりも細い単繊維を何本もヨリ合わせてできています。特に綿・麻などの天然系の繊維は水を吸うと膨らんで、そのヨリが緩んでしまうんです。それが乾燥で固定されたのが細かい凹凸シワ。これが濡れただけでもシワになるメカニズムです」

脱水時に衣類に加わる加速度は最大約150G。 脱水時に大きな力が加わることでできるシワや変形が乾燥により固定され、深い折れシワとなる。 なお、ロケット発射時の加速度は3G。

  • 図2. 洗濯機の脱水時に衣類に加わる加速度が、深い折れシワを生む(画像提供 iStock)

濡らして乾かすだけで生じる凹凸シワ。単繊維が水を吸って膨らみ、糸のヨリが崩れる。そのヨリ崩れが乾燥で固定され、凹凸シワとなる。

  • 図3. 電子顕微鏡で見た糸の状態。濡れた服は見た目にはシワが分からないが、糸のヨリが崩れて変形している。乾燥後はそれが「凹凸シワ」として残ってしまう。

衣類ダメージの本質は糸にあった!

つまり私たちが衣類ダメージと捉えているものは、生地というよりもさらにミクロな「糸」のヨリ崩れに原因があったということになる。一本一本は弱い単繊維を何本もヨリ(撚り)合わせて(ねじり合わせて)強くしたものが糸。糸を曲げても元に戻るのは、ヨリ合わせで生まれた力のためだ。糸のヨリが甘いとタオルのようなやわらかい布になり、ヨリの強い糸で作った生地はコシがあって硬さが出る。平織りの生地やYシャツにはヨリの強い“強撚糸(きょうねんし)”が使われている。

この基本原理を元に、石川さんは「糸が持つ、元の形に戻ろうとする力を強化した衣類ケアができないか?」と考えた。洗濯時にできる折れシワや凹凸シワを起こしにくくするためには、糸が元に戻ろうとする力を利用すればいい。しかし、ヨリが緩んだ部分の復元力は低下している。さらに糸同士で引っかかると戻りにくいという問題もある。

糸のヨリが崩れたり折れた部分は復元力が下がる。元の形への復元力の低下と、糸同士がひっかかり戻りにくいことが、シワ発生の原因となる。

  • 図4. 糸のヨリが崩れると、復元力が低下してしまいシワの原因になる。

スチームアイロンをかけるとシャツなどのシワが伸びるのは、水と熱に秘密がある。ヨリが崩れたまま乾いてしまった糸でも、水分を含ませると再び膨らんで柔らかくなる。そこで真っすぐに整えて熱を加えることで、糸の折れ曲がりをなくしてシワが取れるのだ。アイロンなどを使わず、洗濯から乾燥までに糸の力だけで衣類のカタチをコントロールする。そんなことができるのだろうか。

石川さんの構想はこうなる。単繊維一本一本を強くすれば糸が元に戻る力も強くなる。ただそれだけでは、糸同士が摩擦で引っかかって元に戻ってくれない。だから単繊維強化成分で糸を強くしつつ、潤滑成分で表面が滑るような状態にすればいい――。

「実はカタチコントロールの技術思想は割とすぐに思い浮かんで、3日ぐらいでその有効性は確認できたのです」と石川さんは振り返る。むしろ「難しかったのは、それをどう製剤の形に実現するか」だったという。

目標は決まった。目指すは「元気で滑る糸だ!」

「単繊維強化成分でコーティングすることで糸が強くなり折れにくくできること、また潤滑成分でコーティングすると摩擦力が下がり、糸同士が滑りやすくなることは、それぞれ別の現象としてわかっていました。特に糸を滑らせるのは、衣料用柔軟剤などにもともとある、基本的な技術でもあります」

例えば、衣類を処理する過程でまず単繊維強化成分をコーティングし、その後で上から潤滑成分をコーティングするという2ステップの処理なら技術的に容易だろう。しかし「家庭でこれらをワンステップで、しかも衣類の糸全体にまんべんなく行うということはとてつもなく難しいことでした」と石川さんは言う。

カタチコントロールの技術思想は、単繊維強化成分でコートし繊維の復元力を保ち、さらに潤滑成分でコートし繊維を滑らせることで、「元気で滑る」糸を実現させること。

  • 図5. 二種類のコーティングで、糸を強くしながら同時に滑りやすくするカタチコントロール技術

石川さんら研究チームは、特にシワになりやすい綿生地のほか、T/C生地(*)も検討に加えて、さまざまな単繊維強化成分と潤滑成分の最適な組みあわせを探っていった。
*ポリエステルの特性と綿の特性を併せ持つ混紡生地。シワになりにくく乾きが早い。Tシャツなどの日常着に多く使われている

花王の和歌山の研究所には、さまざまな種類の洗濯機がずらりと並ぶ。
「開発の間は常に洗濯機を回しているような状態でした。2つの成分の組み合わせと処理の条件も変えながら、ざっと1万通りは試したと思います。潤滑成分だけでも折れジワにはある程度効果はあったのですが、やはり十分でなく、洗濯を繰り返すたびに糸のヨリ崩れがおき服がくたびれた感じになりました。一度の処理で2つの成分それぞれを、別々に順序良くつけるのが非常に苦労したところです」

洗濯シワもめくれも大幅に緩和、感動レベルの仕上がり

構想から完成まで2年を費やした。洗濯・脱水後にカタチコントロール技術を搭載した仕上げ剤で処理することで、仕上がりは一目瞭然の違いとなった。

花王 【特集 衣類のカタチコントロール技術】乾かす間に衣類のシワが消えていく!

  • カタチコントロール技術を仕上げ剤に応用。乾く間に元気な糸が滑って洗濯シワが大幅に緩和した!

おしゃれ着用の洗剤(軽質洗剤)への搭載にも成功した。洗った後に吊るして乾かすだけで、シャツのシワだけでなくニットの首回りや裾のヨレもキレイに仕上がっている。

木綿シャツの全体像と襟、ボタン回り、裾、ニットの全体像と襟、裾それぞれの比較写真。 カタチコントロール技術「あり」では、シャツのシワは少なく仕上がっており、ニットの首回りや裾のヨレも低減。

  • 図6.カタチコントロール技術を搭載した洗剤としない洗剤(自社通常品)での仕上がりの比較。木綿シャツ(白)とニット(赤)。ドライコース1回洗濯・脱水後、ハンガーに吊るして自然乾燥させた。

「生地が波打ったり曲がったりするのをカーリング(めくれ)といいます。これも糸のヨリ崩れが原因で、生地の端っこは周囲からの力がかからない分めくれやすいのです。でもカタチコントロール技術を搭載した洗剤で洗うと、ヨレにくくめくれにくくもなります。ニットの首回りもキレイなシルエットをキープできています」

糸を元気にすることの副効用も

折れシワには柔軟剤である程度は対応できるが、ワンステップの洗濯処理や仕上げ剤処理で、折れシワだけでなく凹凸シワにまで対処する技術は花王独自のものだ。

「衣類ダメージが抑えられるだけでなく、シャツなどは糸が強化されることでハリが出て全体のシルエットが美しくなりますし、サラっとした手触りになるんです」と石川さん。

「累積試験では肌着にも試してみました。肌着は頻繁に洗うものなのでかなりの頻度で傷むという印象をお持ちの方も多いでしょう。でもこの技術で洗うと糸自体が元気になるのでクタクタになりにくい。おしゃれ着だけでなく肌着もいい状態のまま長く着ていただけると思います。
わかりやすいのは綿や麻ですが、例えば綿とポリエステルの混合といった広く流通している混紡生地でも変形は起こり得るので十分な効果が出ています。

試した方から『手持ちの服がビンテージ物になりました』という感想をいただいことがあって、なるほどそういう表現もあるなあと思いました。Tシャツやジーンズみたいなものは洗うと、くたびれるようなイメージをお持ちの方もいらっしゃると思いますが、むしろ洗濯することで形がキレイになることを実感していただけるかもしれません」

サステナブルファションの選択肢が広がる

花王は毎日使う日用品を作り、人々の生活様式に合わせて進化させてきた。石川さんは、「カタチコントロール技術は、実はかなり以前に完成していたものなんです。それが今の時代の中で新しい意味を帯びることになりました。生活者のサステナビリティ(地球や社会の持続可能性)への意識もより高まっていると感じています」と話す。

「今回生活者の皆さんの困りごとを追求したところ、サステナブルというテーマが浮上しました。対応出来そうな過去の技術を探したら、これが非常にマッチしたわけです。1つの製品が終わり、1つの技術が終わるのではなくて、もともとあった技術が形を変えてよみがえることもある。こうした引き出しの多さが花王の特徴でもありますね。衣類は環境負荷が非常に大きい分野。我々の技術でサステナビリティに貢献できるなら願ってもいないことです。お気に入りの一着を大切に着るという、SDGsやサステナブルファッションの観点においても価値のある技術なのだと伝わっていくとうれしいですね」

原料調達から製造、輸送、販売、利用、回収までの衣類の循環型モデル。これを実現するには、企業と生活者双方のアクションが不可欠。一着を長く着ることは、廃棄削減に繋がる生活者として取り組めるアクション。

  • 図7. 衣類のライフサイクルとサステナブルな取り組み (出典:環境省_サステナブルファッション https://www.env.go.jp/policy/sustainable_fashion/「循環型モデルで廃棄のない世の中へ」2023年11月1日記載内容より改変。画像提供:iStock)

サステナブルファッションへの関心が高まるが、今までは環境負荷の少ない素材の洋服を選ぶ、リサイクルする、リユースするという視点が注目されてきた。もちろんそれらのアクションも必要だが、環境省(※1)も指摘するように、誰もができる「手持ちの服を長く使い続けること」に着目する意識が今まで少し低かったように感じる。そういった意味からも、花王のカタチコントロール技術は、日々の「洗濯」というアクションで、サステナブルファッションのライフサイクルに参加できる。サステナブルへの意識をより身近なものにしてくれるはずだ。

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石川 晃 氏の写真

  • 石川 晃(いしかわ あきら) ハウスホールド研究所 主席研究員。1991年 花王(株)に入社。ハウスホールド研究所において、衣料用洗剤(粉末・液体、塗布洗剤)、新衣料用仕上げ剤、布製品用消臭剤、透明柔軟剤などの基礎研究・製品開発に従事。ハウスホールド製品に共通する新技術開発を推進。

【参考文献】

※1/出典:環境省_サステナブルファッション
https://www.env.go.jp/policy/sustainable_fashion/

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