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NEWS PICKS Brand Design ポリフェノールの新たな価値をつくる

  • #健康ソリューション開発 #バリューチェーン #メタボリックシンドローム #在宅ワーク #ポリフェノール研究

「内臓脂肪ケア」の先駆者、花王が生み出す生活習慣に寄り添うイノベーションとは

  • 2021/11/10 | NewsPicks Brand Design

家庭用品や化粧品だけでなく、ヘルスケア食品の研究開発にも力を注ぎ、歴史を重ねている花王。

緑茶に含まれる茶カテキン、コーヒー豆に含まれるコーヒークロロゲン酸という、2つのポリフェノールの機能を生かした製品づくりを展開しているが、その根底には、生活者に寄り添い、よりよい明日を実現する花王の企業理念がある。

花王がなぜ社会の健康課題を先取りし、ポリフェノール研究の第一線にい続けているのか。

花王独自の健康ソリューション研究や開発の歴史を振り返りながら、健康的な食生活への貢献を目指す本質研究の厚み、とことん生活者に寄り添いながら新たな価値を創り続ける花王の「技術魂」に迫る。

最新の設備で進められる健康ソリューション研究

東京都墨田区にある花王のすみだ事業場。広大な敷地に、花王ミュージアムや研究施設、セミナーハウスなどいくつもの建物が配置されている。

その中の一棟に、花王のヘルスケアリサーチセンターがある。ここでは食品の機能性の研究や、食習慣の研究などが行われているが、この3階に、花王の栄養代謝研究に関する最先端の設備が集積されたエリアがある。

花王ヘルス&ウェルネス研究所主席研究員の片嶋充弘氏の案内でそのフロアに足を踏み入れると、まず目を引くのが、日常生活における代謝を長時間評価する特殊な設備「ヒューマンメタボリックチャンバー」だ。

これはベッドやデスクが置かれた4畳半ほどの密閉された部屋。この中で24~32時間、日常生活に近い時間を過ごしながら、エネルギー消費量を測定することができるのだという。

特殊な設備「ヒューマンメタボリックチャンバー」の写真1

特殊な設備「ヒューマンメタボリックチャンバー」の写真2

  • 世界的にも極めて精度が高い測定方法とされており、国内では国立健康・栄養研究所、筑波大学に次いで3番目に、民間企業としては世界で初めて導入

「被験者はこの中で普段の生活のように食事をとり、眠り、ときには軽い運動をして過ごします。人間は脂肪が燃焼するときに二酸化炭素が出るので、常にこの中の酸素や二酸化炭素などの量をモニターすることで、その人のエネルギー消費量や代謝がどう変わるかを調べることができます」

片嶋充弘 花王ヘルス&ウェルネス研究所 主席研究員 専攻は電気・物理工学。花王入社後、デジタルオーディオテープ、コンピューターのバックアップの研究開発を担当。その後、ヘルスケア食品研(当時)に異動し、医療機器(内臓脂肪計)・健康機器の開発、ヘルスケア食品の機能性・安全性評価を担当。

次に見せてもらったのは、片嶋氏が開発に携わった内臓脂肪計。花王が研究開発し、パナソニックが商品化した。おなかにベルト状の機器を巻くだけで、短時間に内臓脂肪の面積がわかる画期的な装置だ。

歩行を解析するモーションキャプチャーもある。これは人の歩く姿が健康に直結するという考えのもと、カメラで歩く姿を動作解析する装置で、メタボリックシンドロームやロコモティブシンドロームなどとの関連を研究している。

内臓脂肪計での測定シーンの写真

  • 医療機器として認可されている内臓脂肪計。CTスキャンによる測定値と高い相関があり、“簡便、安全に”測定できる

社会の変化に対応したヘルスケア食品の歴史

まるで病院か大学の研究室のような雰囲気のヘルスケアリサーチセンターは、栄養代謝研究のための施設だという。

「花王は石けんづくりからスタートし、家庭用品や化粧品の会社だと思われているかもしれませんが、実は食品とのかかわりも古く、ヘルスケア食品にも歴史があるのです」と片嶋氏が説明する。

その始まりは1920年代。油脂の研究を手掛け、業務用ショートニングの開発に成功。以来、90年以上にわたって業務用油脂の研究と生産を続けている。

1980年代には、チョコレート油脂の研究、さらに食品の機能性の研究を進めるなかで、ヒトの栄養代謝・エネルギー代謝に関する研究へと発展していく。

1990年代になると日本は飽食の時代に入り、個人のライフスタイルも大きく変化、高齢化も進んでいく。

日本社会が変革期を迎えるなか、花王では機能性のある素材の探索という壮大なテーマのもと、ポリフェノールに注目、同時に内臓脂肪や血管の研究などが続けられていた。

内臓脂肪や血圧低減に効果的なポリフェノールとは

片嶋氏が説明する。

「その中でターニングポイントとなったのは、1991(平成3)年にトクホ制度(特定保健用食品)ができたことです。これによって食品の機能をうたえるようになったことは大きいですね。

その後、2000(平成12)年に厚生労働省から『健康日本21』(21世紀における国民健康づくり運動)が発表され、2002年には健康増進法が制定されました。

前後してメタボリックシンドロームという概念が発表され、『特定健康診査・特定保健指導』が始まったのが2008年。この頃から過剰な内臓脂肪蓄積による健康リスクがメディアをにぎわせるようになりました。

そういう流れのなか、1990年代から始まったポリフェノールの研究で、われわれは緑茶に含まれる茶カテキンと、コーヒー豆に豊富に含まれるコーヒークロロゲン酸という2つのポリフェノールに、メタボの原因となる内臓脂肪を減らす効果があることを見つけたのです」

ポリフェノールは植物だけが作り出せる抗酸化物質で、赤ワインのアントシアニンがよく知られている。なんと8000種もあるといわれる。

花王ではポリフェノールを含む素材ライブラリーから食品に使える100種に絞り、脂質を燃焼させる機能を中心にスクリーニングを重ねていった。

現在、ヘルス&ウェルネス研究所第1研究室長の大崎紀子氏は、当時を思い出してこう話す。

「昔から日本茶は体にいいといわれていましたが、確かなエビデンスが十分にありませんでした。ですが、何種類ものポリフェノールをスクリーニングしていくと、毎回必ず茶カテキンが上位にあがってきます。

茶カテキンに体脂肪や内臓脂肪を低減する最も優れた効果があることが確認できたので、そのメカニズムの解析を並行して行っていきました」

大崎紀子 花王ヘルス&ウェルネス研究所 第1研究室長 専攻は薬学。花王入所後、化粧品・入浴剤の商品開発を担当後、生物化学研究所へ移動し、基礎研究(神経生理研究、脂質代謝研究、消化管ホルモン研究)を担当。その後、主にヒト評価を実施するヘルスケア食品研究所健康機能評価(当時)室長を経て、2019年より現職。

同様に生のコーヒー豆に豊富に含まれるポリフェノールであるコーヒークロロゲン酸にも、脂質を燃焼させる効果や血圧を下げる効果も確認されている。

茶カテキンもコーヒークロロゲン酸も、継続して摂取することが大切であるとわかってきた。

茶カテキン・コーヒークロロゲン酸の良さを生かした商品開発へ

現在、ヘルス&ウェルネス事業部の開発マネジャーを務める近藤めぐみ氏はこう振り返る。

「私はこの茶カテキンを花王の事業にどう生かすかを考えるチームでした。スタートは2000年で、最初はわずか4人のスモールチームです。

さまざまな可能性がありましたが、毎日飲んでいただける形にするのがよい、という点は外せませんでした。茶カテキンは、毎日継続してとることで初めて、その有効性が発現するからです。

一番摂取してほしい層、つまり生活習慣を気にし始めた中高年の男性が毎日買いやすいよう、コンビニで手に入るペットボトルタイプの緑茶という形を考えました。

ただ、それこそお茶は毎日家で、急須で入れて飲んでいます。家では出せない濃さの茶カテキンが入っている、その特別感をどう感じ取っていただけるか。そこに注力しました」

近藤めぐみ ライフケア事業部門 ヘルス&ウェルネス事業部 開発マネージャー 専攻は薬学。花王入社後、紙おむつの研究開発を経て、新規健康事業開発をミッションとして立ち上がった「ヘルスケアプロジェクト」のメンバーに。ヘルシア緑茶をはじめとするヘルスケア食品の事業開発・商品開発業務に従事。

「味」の選定を担当したヘルス&ウェルネス研究所 第1研究室グループリーダーの高津英之氏がこだわったのは、その特別感にプラスして、毎日飽きずに飲める味わい深いおいしさだ。

飲むことがおのずと習慣になるような、クセにまでなるような「味」を求め、まず世界中の茶葉を集め、その中から茶カテキン含有量が多く、しかも甘みがあって味わい深い茶葉、急須で入れても本当においしいと思える茶葉を選択していった。

研究員の写真

  • お茶飲料の味づくりのためにテイスティングを行っているヘルス&ウェルネス研究所の研究員たち

「次は抽出条件の選定です。茶葉をどのくらいまでカットするかから始まり、お湯の温度や加熱時間、抽出を止める時間など、100以上も条件を変えて抽出を繰り返し、検討を重ねました。

最終的に有機溶剤を使用せず水だけで抽出し、カテキン含有量が多くても飲みやすい、理想の味のお茶を製品化することができました」

高津氏はこのために日本茶インストラクターの資格を取得したという。

高津英之氏の写真

  • オンライン参加したヘルス&ウェルネス研究所第1研究室グループリーダー、高津英之氏

コーヒークロロゲン酸の抽出は、同じ研究室の草浦達也氏に説明してもらおう。ちなみに草浦氏はコーヒーインストラクターである。

「コーヒー豆に含まれるコーヒークロロゲン酸の働きを最大化させる研究を行いました。

まず世界のコーヒー豆を調べ、管理が行き届いた畑で無農薬で栽培されているベトナム産の完熟豆を採用。コーヒー豆にはクロロゲン酸だけでなく、カフェインや酸化成分であるHHQ(ヒドロキシヒドロキノン)などが含まれています。

それらの成分の分子の大きさの違いに着目し、HHQを取り除くナノトラップ製法を開発。HHQを排除して、コーヒークロロゲン酸の持つ機能だけを最大限に引き出すことに成功しました」

草浦達也氏の写真

  • 同じくオンライン参加のヘルス&ウェルネス研究所第1研究室グループリーダー、草浦達也氏

コーヒークロロゲン酸は焙煎すると減少することがわかったので、生豆からコーヒークロロゲン酸を抽出する手法にも取り組んで成功。その結果、コーヒー味のしない飲料を作ることが可能になり、コーヒークロロゲン酸が含まれた穀物茶の製品化へとつながった。

茶カテキンの効果が見える、継続したくなる工夫

電気・物理工学が専門の片嶋氏は、茶カテキンやコーヒークロロゲン酸の効果が目で見える仕掛けを考えていった。

それが簡単に内臓脂肪を測ることができる内臓脂肪計だ。これを使えば実際に自分の内臓脂肪面積の値の推移がわかる。それが継続して茶カテキンを摂取するための動機づけになる。

インピーダンスCTの写真

  • 内臓脂肪計の開発と並行して、電気的に内臓脂肪を含む腹部を画像化するインピーダンスCTの研究にも取り組んだ

さらにこの機器を使って、実際にたくさんの人の内臓脂肪のデータを収集することができた。そのデータが、これからの内臓脂肪の研究に役立つことは言うまでもない。

こうした開発の裏側には、多くの社員やその家族たちの協力があったという。「社員や、その家族の健康」を大事にする花王のカルチャーが膨大なデータ収集にも功を奏した。

すべての仕事の起点は「生活者」にある

商品を出すことがゴールではない。一人ひとりに寄り添い、成分が持つ機能をフルに生かして、一人でも多くの人に健康であり続けてほしい。そのために何が必要かを常に考える。

この姿勢の根底にあるものは、「花王ウェイ」に記されていると片嶋氏が言う。

花王ウェイとは、花王グループの企業理念、花王の原点をまとめたものだ。その中の行動原則の共生視点の中に「すべての仕事の起点は生活者です」とある。

「商品開発では、常にどうしたらお客様に寄り添った商品ができるかを日々考えています。それはなにも特別なことではなく、すごく身近な、自分の周りの家族や友人たちに寄り添い、彼らが健康でいるための手助けができる商品を作りたいという気持ちなのです」と近藤氏。

そこに幸せを感じますと笑顔で話す。

また、花王では組織の枠を超え、活発な意見交換ができる土壌が根付いている。現在、それは「マトリックス運営」といわれる花王の文化に。

技術の領域を超えて知恵を集結するため、研究開発部門では、「商品開発研究」と「基盤技術研究」が共同で研究を推進するマトリックス運営が行われる。

茶カテキン、コーヒークロロゲン酸の研究・商品化でも、基盤技術研究チームに対して、開発チームから、ポリフェノールの自然の力を最大限に生かし、生活者の健康課題を解決に導きたいといった相談が寄せられた。

相互に意見を交換しながら、一つの目標に向かっていくのが花王の当たり前の姿。そして、それぞれの持ち場で協創しながら生活者にとことん並走するのも、花王の特徴だ。

社会課題起点で研究を重ね「改善のためには習慣化し、続けることが必要」と気づいた大崎氏から、「おいしくなくては続けられない」と農園や味わいまでとことんこだわり尽くす高津氏、草浦氏へ。

世界中の産地から原料を取り寄せ検討、理想の味を求め、抽出温度・抽出時間など、100種類以上の抽出条件を検討し絞りこんでいく。

そして本当に飲んでほしい生活者の手元へ届くための場をつくる近藤氏へバトンは渡される。どんな場所で、どんなタイミングで、どんな気持ちで飲まれるのかという視点で検討を進める。

そして続けるためのモチベーション維持のための技術開発をはじめ、人々の生活習慣改善サポートの研究をする片嶋氏へと渡される。

このように、「おいしく、無理なく、続けられるように」という生活者への思いがイノベーションとなり、バトンリレーのようにつながっていく。

生活者への思いがイノベーションとなり、 バトンリレーのようにつながっていく

1.成分研究:本質研究 茶カテキン·コーヒークロロゲン酸の継続摂取の有効性の発見 2.原料(農園)選定:継続するための課題 茶カテキン素材の「味」の課題解決のため、世界中の産地から素材を選定

バリューチェーンでの寄り添い型課題解決①~③ 3.味わいづくり:① 効果を実感でき、クセになる味わいづくり 4.場づくり:② 生活習慣を把握して場を作る 5.生活習慣研究:③ 生活習慣改善のサポートへ

農園で摘まれた茶葉やコーヒー豆が、その機能を生かした製品となり、生活者の手元まで届くバリューチェーンを持つ花王ならではの寄り添い方、社会課題への向き合い方がここにある。

あらゆる可能性を秘めたポリフェノール研究の未来

ポリフェノールは植物にしか作り出せない。ここでは茶カテキンとコーヒークロロゲン酸に注目したが、なんといっても8000種類もあるのだから、まだまだ未知のパワーを持ったポリフェノールが見つかる可能性は高い。その機能も無限にある。

「もちろんそれは研究者としても大いに楽しみなテーマです」と大崎氏はうなずいた。

ここで紹介した茶カテキンには脂質の代謝、コーヒークロロゲン酸にも脂質の代謝と血圧降下作用が認められたが、ポリフェノールの中には認知機能や免疫機能の維持といった効果が見えてきているものもあるという。植物の力にあらためて驚かされる。

「基本的にポリフェノールはすべての植物が持っているもので、葉や実などいろいろな所に含まれています。そう考えると、まだまだ知られていないポリフェノールは無限にあり、未知のポリフェノールが持つ力は計り知れません。

茶カテキンやコーヒークロロゲン酸にも、新たな機能が発見される可能性があります。さらに、いくつかのポリフェノールをミクスチャーすることで得られる効果も期待できます。まさにポリフェノールは可能性の宝庫なのです」

緑茶もコーヒーも、人間ははるか昔から本能的にその力を感じ取り、長く飲用されてきた歴史がある。

「もしかしたらそういった歴史書にも、新たなポリフェノールの機能を知るヒントがあるかもしれません」と大崎氏は意欲を燃やす。

その時々の社会課題と向き合い、真摯な姿勢で改善策を提供する花王。

生活者に商品を届けるだけでなく、その後の生活習慣や気持ちにも、一人ひとりと向き合う。加えて社外の研究機関や自治体とも連携を取りながら、本当の意味での並走型の健康社会の実現を目指しているという。

将来的には国内だけでなく各国ごとの課題や味覚に寄り添った開発を続け、グローバルでの課題解決にも意欲を燃やしているそうだ。世界中の健康維持増進を願う人々に、解決の糸口を提供することだろう。


(制作:NewsPicks Brand Design 執筆:武田ちよこ 撮影:大橋友樹 デザイン:田中貴美絵 編集:奈良岡崇子 )

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