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【特集:認知症の早期発見-解析科学】

「企業から人々の生活を変える!」認知症早期診断に挑戦する花王の研究者からのメッセージ

  • 2021/10/20 Text by Rikejo編集部

Rikejo

木村 錬氏の写真

  • 日々実験を重ねる花王株式会社の木村さん(撮影: 花王株式会社)

化粧品や日用品で生活を支える化学メーカー、花王。そんな花王で、なんと認知症の早期診断につながる技術を開発した「分析ひと筋」の研究者がいました! いったい、どんな道を歩んできたのか、花王株式会社解析科学研究所研究員の木村錬さんにお話を聞きました。

<血液で手軽に認知症早期診断可能に!? 新技術のすごさを知りたい方は、こちらの記事もご覧ください!

「何が、どこに、どれだけあるか」

花王の解析科学研究所は、東京、小田原、和歌山、そして栃木各事業場にラボがあるのですが、私は2015年に入社して以来、栃木の研究所で、食品(飲料や油脂)・生体微量成分解析に従事してきました。
入社間もない頃に担当したのは、食品の機能性または機能性を阻害する成分の探索、構造解析、商品化にむけてのエビデンス取得といった研究です。

入社翌年の2016年、「D-アミノ酸解析研究(キラルメタボロミクス)」のプロジェクトを花王内で初めて立ち上げました。
その一環として、近年では超高齢化課題のひとつ、認知症研究(診断×ソリューション開発)に他企業や専門機関、行政と連携しながら注力しており、血液で手軽に認知症早期診断できる世界を実現したいと考えています。

取り組んでいるのは、「何が、どこに、どれだけあるか」を分析化学で徹底的に調べ上げること。一般的な花王のイメージとは異なるかもしれませんが、分析化学の力を活かして、ヘルスケアのみならず、メディカル領域にも挑戦していきたいです。

分析は「縁の下の力持ち」なだけじゃない!

振り返ってみれば、化学の道に進んだきっかけは、中学生の時に取り組んだ、理科の実験だったかもしれません。
炎色反応の実験だったのですが、色とりどりに変わる炎がキレイだなぁと思ったことに加えて、「この反応が、花火の色やトンネルのランプといった身近なものに活用されているんだ」と感動したんです。
科学、あるいは化学で世界を変えたいと思ったのは、そうした経験が元になっているかもしれません。

北海道大学に進学してからは、分析化学(生体分離分析・構造解析)を専攻しました。とくに、クロマトグラフィーを駆使して、脂質の立体構造や機能を解析する研究に取り組みました。

分析化学について、もう少しわかりやすくご説明すると、試料の中の化学成分の種類や存在量を解析したり、目的とする物質の分離方法を研究したりする化学の分野です。
そう聞くと、「地味な分野だな」と思う方もいるかもしれません。たしかに、さまざまな研究を支える「縁の下の力持ち」でもありますが、それだけではないんです!

私が分析化学を選んだきっかけのひとつに、『すべて分析化学者がお見通しです! 薬物から環境まで微量でも検出するスゴ腕の化学者』(技術評論社)という書籍との出会いがありました。

この本では、分析化学が日本社会の安心安全、ものづくりを直接・間接に支えているかが描かれています。食品の安全性、犯罪捜査、鉄骨の強度……ありとあらゆる分野で、分析化学が大活躍していることを教えてくれたんですね。
よく「日本はものづくりが得意」と言われますが、そもそも、ものを作るためには、ものを知ることが不可欠です。そのための有力な技術のひとつが、分析になります。

コツコツと取り組み続ける「宝探し」

卒論・修論には、「脂質分析法(キラルリピドミクス)の開発(基礎研究)と新規バイオマーカー探索(応用研究)」というテーマで取り組みました。
「どんな種類の脂質が、どこに、どれだけあるか」を分析化学で詳細に調べ上げ、そして、「それが何のためにそこに存在するのか」を生化学的に解明する研究です。
その頃から、研究してきたのが、認知症の早期診断でも重要な役割を果たす、「鏡像異性体」の解析研究でした。

<認知症早期診断と鏡像異性体の関係とは!? くわしく知りたい方は、こちらの記事もご覧ください!

これは花王内でも驚かれることがあるんですが、入社前から鏡像異性体の解析研究にどっぷりつかってきたことになります。
ただ、学生時代にも新しい解析技術を作ることはできたのですが、なかなか画期的なバイオマーカーを発見できずに卒業してしまい、悔しい気持ちがありました。

どういうことかというと、先ほどもお話ししたように、私が取り組んだ研究というのは「ある物質が、どこに、どれだけあるか」を調べた上で、「それがどんな役割を果たしているのか」まで考えようというものでした。

これは、本当に「宝探し」のようなものなんですね。新しい解析技術だけを開発できても、それを使って、実際に生物の中にある、興味深い物質と出会えるかは、また別の問題なんです。
鏡像異性体について言えば、リン脂質にもL体とD体の2種類があるんですが、生物の中にあるリン脂質はほとんどL体です。一部の微生物がD体を作ることが知られていたので、たとえば深海微生物などを調べれば、何か面白いことがわかったんじゃないかと、今では思っているんですが、在学中には、そうしたサンプルに出会うことができなかったんですね。

それでも、これまで分離できなかったD-アミノ酸をキレイに分離できて、美しいクロマトグラムを得たときには、背筋がゾクッと震えるような感動を覚えたものでした。

そんな魅力にハマって、花王に入社してからも、ずっと同じ研究を続けることになったわけですが、ここまで同じ研究を続ける人も珍しいと思います。採用面接を担当してくださった今の社長には「分析くん」と親しみを込めて呼ばれています(笑)。

木村 錬氏の写真

  • 分析へのこだわりは学生時代から変わらないと話す木村さん(撮影: 花王株式会社)

企業研究者になって知った「開発現場のおもしろさ」

研究内容はずっと変わらず、分析にこだわってきた私ですが、企業研究者になってみて、変わったところもあります。
入社間もない頃は、私はどちらかというと、黙々と個人プレーで基盤研究業務に取り組んでいました。けれども、2年目になって、ヒト試験の担当者の代理として、東京にあるヘアケア研究所に滞在する機会を得たんです。

1ヵ月という、ごく短い期間の試験への参画ではありました。しかし、それまでは一緒に仕事をすることのなかった花王の開発研究所の方々とともに、頭皮に悩みをもつモニターの消費者の方々と直接、関わる開発現場の様子に触れることができました。
そこにはもちろん、楽しさだけでなく難しさもあったんですが、ものづくりの世界を知ることができた、非常に貴重な経験でした。

研究者には、高い専門性が求められることは当然です。けれども、実際に世の中の役に立つものを生み出すには、それだけでは不十分ではないか。自分の専門性にとらわれているだけでは、セレンディピティも生まれないと感じたんですね。

セレンディピティとは、日本語で言えば、「偶察力」。目の前の出来事を、単なる偶然と考えて見逃すことなく、成功につなげる能力と言っていいでしょう。何か目標を持って現象やデータを探しているときに、探しているものとは別の、価値あるものを見出せる力、と言い換えることもできます。

花王では、このように基盤研究と開発研究、つまり科学的な研究と商品開発という異なる目線の研究者同士が交流して、シナジーを生みだしやすい環境を作っていくことが大切だという意識が、会社全体で共有されています。そこは、大きな強みだと思っていますね。

ますます重要になる「社会貢献」という視点

企業での研究活動は、ビジネスニーズに合わせた研究活動と、目先の収益には必ずしも結びつかない目標、たとえば、「社会貢献」や世の中を変える「イノベーション」という両輪を大切にする必要があると思っています。

近年は、どんな分野の企業でも、事業戦略に「ESG」、つまり環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の視点が求められる場面が急速に増えています。花王は、これまでにも健康や衛生といった領域で、この両輪を意識した研究を行ってきましたが、こうした考え方の大切さは、将来、企業研究者になるかもしれないみなさんにも知っておいてもらいたいですね。

企業での研究の楽しさは、やはり、消費者との距離が近いことです。多くの人の悩みを受け止めて、研究成果を商品やサービスとして世に送り出していく。そういう可能性を感じながら研究活動ができる。そうしたところが、企業研究者が、いちばんモチベーションを感じるポイントだろうと思います。

最後になりますが、若手の研究者が、新しいことを始めるときの第一歩は、やりたいこと探しです。自分のやりたいことを決めるのは、楽しい作業でもある一方、本当にこれでよいのかと悩む場面も多くあるでしょう。
目標を定めてからも、それを実現するために、たったひとりの若造が、一体何から手をつければいいのかと、思い悩むかもしれません。私が、D-アミノ酸研究のプロジェクトを立ち上げた当初も、そうでした。

しかし、最初はひとりでも、明確なビジョンと行動力があれば、協力してもらえる人が、次第に見つかるようになるものです。
時間はかかるかもしれません。たとえば、私が学生時代から興味を持ってきた鏡像異性体の分析研究もそうです。
生体分子の中でも、D-アミノ酸やD-乳酸といったD体はマイナーで、生体内では非常に微量です。その分離も一般的に難しく、さまざまな異性体をいっせいに分析することは、極めて困難なのです。
しかし近年、そうした異性体の中にも、生理的に重要なものが徐々に発見されてきたことで、効率よく分離・分析できる技術の必要性が高まってきました。

分析機器や分析法の発達した今日でも、分離が困難なために、生き物の体内での分布や、機能が不明なままの成分は、まだまだ存在します。実は、私たちが知り得ていることは、全体の中では、ほんのわずかな部分にすぎません。
こうした問題を解決していくために,より精密な分析法の開発が、常に求められています。
私が取り組んできた、クロマトグラフィーは、こうした問題の解決に役立つわけですが、現状ではクロマトグラフィーの分離機構についてさえ、未解明部分が多いのですね。

これからの若い研究者たちの努力によって、分析化学はまだまだ発展することでしょう。似て非なるものを、美しいまでに完璧に分ける。クロマトグラフィーの美しさを追求する。これまで分離できなかったものを解析できるようになるよろこびを、ぜひ、多くの方に知ってほしいですね。

また、もし、まだ大学や大学院での専攻というのは、遠い話だと感じる小中高生の読者の方には、まずは「課題(問題)を解く力」をしっかりと身につけてもらえればと思います。そして、大学・大学院以上になったら、研究を進めるうえで必要な「課題発掘力」や「協働力」、つまり共創できる人々を巻き込む力を磨いてもらう、と。
未来の花王で、ご一緒に研究できる方が出てきてくださることを、楽しみにしています!

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