発表資料: 2010年11月25日

梅の完熟果実について、香りと、遺伝系統との関係を確認

■代表的な9品種を分析し、香りの特徴により4つのグループに分類された
■果実の香気生成は遺伝的な影響を受けていることが示唆された
■和歌山の「南高」「橙高」「地蔵梅」は遺伝系統が近く、香りは同じく『アップル的なピーチ様』

花王株式会社(社長・尾崎元規)香料開発研究所は、“人を癒す快適な香り”を求めて、身近な“自然の香り”に積極的に学び研究しています。また、和歌山県工業技術センターと和歌山県農林水産総合技術センター果樹試験場うめ研究所では、梅の果実の香りなどの品質や生産性を向上させる品種改良や遺伝系統に関する研究を行なっています。このたび、3者共同で、梅の品種による果実の香気成分の分析と、その香りと遺伝系統との関係について確認しました。

梅の果実の多くは完熟してから収穫され、梅干、梅酒などに加工されますが、とてもよい香りを発することが生産の現場では知られています。そこで今回は、日本各地の代表的な梅から、和歌山が主産地の「南高(なんこう)」「地蔵梅(じぞううめ)」「白王(はくおう)」、徳島の「鶯宿(おうしゅく)」、福井の「剣先(けんさき)」、群馬の「白加賀(しろかが)」と、近年交配によってつくられた「橙高(とうこう)」「翠香(すいこう)」「露茜(つゆあかね)」の計9品種について、和歌山県うめ研究所内で栽培し、樹上で完熟させた果実の香りについて、香気成分の分析と官能評価を行ないました。また、その香りと梅の品種間の近さを示す遺伝系統との関係を調べ、次のような結果を得ました。

1.各梅品種の果実の香りの特徴と分析結果より4つのグループに分類できました。

●「南高」「橙高」「地蔵梅」:『アップル的なピーチ様』の香り
●「鶯宿」「白加賀」「露茜」:『フレッシュなリーフィーグリーン様』の香り
●「白王」:『軽いリキュール様』の香り
●「剣先」「翠香」:『マンゴー様のトロピカルフルーツ』の香り
なお、「南高」のグループは、アップル感とピーチ感のバランスがよく、ふくよかな香りを有していました。

2.香りと遺伝系統との関係が示唆されました。(添付資料1)

「南高」「橙高」「地蔵梅」と、「鶯宿」「白加賀」は、香りが同じグループであり同時に遺伝系統でも近くに位置していました。たとえば、「南高」「橙高」「地蔵梅」は遺伝系統が近く、香りは同じく『アップル的なピーチ様』でした。このことから、果実の香気生成は遺伝的な影響を受けていることが示唆されました。

この研究成果は、食品や日用品の開発、または梅の品種改良などに応用していきます。なお、本研究は、第54回香料・テルペンおよび精油化学に関する討論会(2010年10月23~25日、山梨大学)において発表しました。

研究背景

花王では、10年以上にわたって自然の香り解析研究を続けており、近年では2006年に和歌山県と共同で、世界遺産に指定された「熊野古道」の深い森の香りのキーとなる成分、さらに2010年1月には、日本において古来より身近な存在である梅の花の香りについて、品種による違いや開花ステージにおける最も香る瞬間の成分について報告しています。今回は引き続き梅の完熟果実について検討しました。

和歌山県工業技術センターと和歌山県農林水産総合技術センター果樹試験場うめ研究所は、梅の品種改良や遺伝系統に関する研究を行なっており、うめ研究所は筑波大学と共同で梅127品種について梅遺伝系統のSSRマーカーによるクラスター分類を報告*1 しています。

梅の品種は花梅も含め400種類以上が知られ、梅果実は成熟するにしたがい甘くてフルーティーな香りを発しますが、果実の香気成分の研究については「南高」などの一部の品種での報告に限られていました。また、果実の香りが遺伝の影響を受けるかどうかを確認した報告はありませんでした。
そこで、生産量の多い主要品種6種と、新品種3種を対象として、完熟時の梅果実の香気成分の分析と、香りと遺伝系統との関係について検討しました。

*1 SSRマーカーによるクラスター分類
塩基対の配列により客観的に分類する、植物の親子鑑定や品種識別に用いられる遺伝系統分類方法。
「DNAマーカーによるウメの遺伝的多様性解析」 2008年度 筑波大学博士論文

研究方法

和歌山県うめ研究所敷地内で栽培されている生産の多い主要品種6種と、新品種3種について、いずれも完熟落果盛期直前の果実を手もぎにて採取し分析しました。

<採取時期> 
2009年 6月3日~7月5日
<採取地> 
和歌山県日高郡みなべ町 農林水産総合技術センター果樹試験場 うめ研究所敷地内

1.香りの評価・分析

(1)官能評価
採取した果実を恒温室に25℃にて6時間静置後、香りを官能評価しました。評価は4名の専門パネラ-が行ない、強度については5段階評価としました。
(2)香気成分分析
ヘッドスペース法*2 により、果実300gから、人が感じている香りに近い成分を採取するため、緩やかな流速(125ml/分)にて短時間(30分)、吸着管(TENAX200mg)を用いて香気成分を採取しました(写真2)。採取した香気成分は、分析装置(Agilent 6890N)を用いて成分分析を行ないました。

*2 ヘッドスペース法
揮発性物質の分析法のひとつで、試料を密閉容器に入れ、上部の空間の気体をとって分析する方法。

2.香りと遺伝系統との関係

梅果実の香りと、梅の品種間の近さを示す遺伝系統とを比較しました。梅の遺伝系統は梅127品種のクラスター分類の報告*1 から本研究で対象とした9品種を抜粋したものを用いました。(添付資料1「遺伝系統クラスター分類」)

*1 SSRマーカーによるクラスター分類
塩基対の配列により客観的に分類する、植物の親子鑑定や品種識別に用いられる遺伝系統分類方法。
「DNAマーカーによるウメの遺伝的多様性解析」 2008年度 筑波大学博士論文

研究結果

1.香りの評価・分析 (添付資料1「香りの分類」および添付資料2)

採取した揮発性成分を分析した結果、品種によって香気量(GCMSによるイオン検出量)は、大きく異なりました。品種それぞれの官能評価で得られた香りの特徴、および対応する成分の割合などから、以下の4つのグループに分類しました。

●「南高」「橙高」「地蔵梅」のグループは『アップル的なピーチ様』の香りで、エステル類の中でも熟した香りに関与するブチルエステルの割合が多く、また、ピーチ様の香りに関与するラクトン類が含まれていました。
●「鶯宿」「白加賀」「露茜」のグループは、『フレッシュなリーフィーグリーン様』の香りで、エステル類の比率が低めな一方、リーフィーグリーン様に感じるリーフアルコール(シス-3-ヘキセノール)、未熟な果実を想起させるヨノン類、フレッシュ感に寄与するリナロールなどが多く含まれていました。
●「白王」は、『軽いリキュール様』の香りで、成分としてはエステル類、特にリキュール様の香りに関与するエチルエステルが多いことがわかりました。
●「剣先」「翠香」のグループは、『マンゴー様のトロピカルフルーツ』の香りで、成分としては熟した香りに関与するブチルエステルが多いことや、強い香りのインパクトを与える硫黄化合物が含まれることがわかりました。

なお、「南高」「橙高」「地蔵梅」のグループは、アップル感とピーチ感のバランスがよく、ふくよかな香りを有していました。

以上より、梅の完熟果実の香りには幅広いバリエーションがあることがわかり、食品や日用品などさまざまな目的に応じた展開の可能性が期待されます。

2.香りと遺伝系統との関係 (添付資料1「遺伝系統クラスター分類」)

「南高」「橙高」「地蔵梅」は香りが類似しているのと同時に、「橙高」は「南高」と「地蔵梅」との交配種であり、遺伝系統(SSRマーカーによるクラスター分類)においても非常に近くに位置していました。また、「鶯宿」「白加賀」も香りが類似するのと同時に遺伝系統でも近くに位置していました。このことから、果実の香気生成は遺伝的な影響を受けていることが示唆されました。

また、各品種の香気成分組成をもとにクラスター分析を行なった報告*3 では、「南高」「橙高」「地蔵梅」と「鶯宿」「白加賀」「露茜」がそれぞれ香気成分組成によるクラスターを形成しました。このクラスターとSSRマーカーによるクラスター分析を比較したところ、「南高」「橙高」「地蔵梅」と「鶯宿」「白加賀」はそれぞれ同じクラスターに分類されるなど類似した傾向を示しました。このことからも香りと遺伝系統との関連が示唆されています。

*3 「ウメの系統と果実香気成分との関係」 
平成22年園芸学会春季大会(2010年3月21日~22日、神奈川県 日本大学)



※社外への発表資料を原文のまま掲載しています。